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東証プライム上場企業だけじゃない? 今こそ知っておきたいTCFD開示とシナリオ分析のポイント
世界各国の政府や機関投資家が、2050年のカーボンニュートラルの達成に向けて取り組みを強化しています。日本では2022年から、東京証券取引所プライム市場上場企業に対してTCFD開示が求められるようになりました。
TCFDというと「東証プライム上場企業のことだけ」と捉えがちですが、海外では非上場企業に対しても情報開示を要求する動きが起こってきています。TCFDのみならず環境課題への取り組みは、上場・非上場に関係なく多くの企業にとって重要なテーマになってきています。対応することで大きなビジネスチャンスにも転化できるかもしれません。
今回は、TCFD開示にあたって重要となるシナリオ分析のポイントについて解説します。

TCFDとシナリオ分析

そもそもTCFDとは「Task Force on Climate-related Financial Disclosures」の略で、日本語では「気候関連財務情報開示タスクフォース」といいます。地球規模で起こっている気候変動が社会経済の脅威となることから、主要20ヶ国(G20)の要請を受けて金融安定理事会(FRB)が2015年に設置しました。TCFDは民間主導の組織であり、2023年7月現在、31名のメンバーによって構成されています。
TCFDは、企業に対して気候変動に関するリスクと機会について広く開示することを推奨しています。それらがオープンになれば、政府や投資家が意思決定する際に、気候変動の影響を考慮できるようになります。政府など社会経済に影響力の大きい機関が気候変動に対して十分な配慮を行うことで、持続可能な社会を目指そうとする考えのもと、TCFD開示が推奨されています。

その開示の際に重要なのが「シナリオ分析」です。シナリオ分析とは、気候変動そのものとそれによって引き起こされるリスクに対応するための政策や世界情勢の変化が、企業経営にどのような影響を与えるのかを予想し、対応策を検討することを言います。世界中がカーボンニュートラルに向かう中、TCFDにおけるシナリオ分析の重要性が増しています。

リスクとは何か

気候変動に関するリスクとは、「移行リスク」と「物理的リスク」に分類されます。移行リスクとは低炭素経済への移行に伴う金融資産の再評価リスクのことを指します。物理的リスクとは気象事象や自然災害によってもたらされる直接的・間接的な損害のことをいいます。また、これらに加えて、気候変動で生じた損失を被った当事者が、他社の賠償責任を問うことによって生じる「賠償責任リスク」も環境省によって挙げられています。

出典:環境省

出典:環境省

機会とは何か

出典:環境省

出典:環境省

TCFDにおける「機会」とは、気候変動問題の緩和策またはそれに適応するための経営改革の機会のことをいいます。「資源の効率性」「エネルギー源」「製品/サービス」「市場」「強靭性(レジリエンス)」の5つに分類されます。エネルギー源は化石由来のものを使用しているか否か、製品やサービスは低炭素、エシカルなものになっているかなど、経営や事業における各項目によって影響度合いが変わってくるというものです。

あらゆる企業がTCFD開示に取り組むべき理由

法令の改正によって2023年1月から、有価証券報告書などにおいて「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」といったサステナビリティに関する考え方や取り組みの開示が求められるようになりました。この情報開示はTCFDを基礎としたものであり、まさに情報開示の必要性が高まっていることを象徴する出来事だといえます。
海外でも企業に情報開示を促す動きは活発で、例えば英国では、2025年までにすべての英国企業に情報開示を義務化する考えも示しています。米国では投資家や企業、非営利団体が米国証券取引委員会(SEC)へ企業の情報開示を義務化するように要請しています。
こうした動向から、今後は日本国内でも情報開示対象が拡大する可能性は十分に考えられます。スタンダード・グロース市場といった上場企業はもちろん、上場企業を取引先にもつ非上場企業もTCFDに沿った情報開示を求められるようになるかもしれません。

TCFD開示シナリオ分析の基本的な考え方

TCFDの開示にあたっては、気候変動に関連するリスクと機会について「ガバナンス、戦略、リスクマネジメント、指標と目標」の4つの要素について開示することが推奨されています。これらの4つの要素に対して、11の開示が推奨される項目が設定されています。4つの要素と11の推奨開示項目は右図の通りです。このうち「戦略」においては、TCFD開示のためのシナリオ分析が求められています。世界の平均気温の上昇を2℃以下に抑えるシナリオなど、気候関連シナリオに基づく検討を踏まえて組織戦略を説明することが推奨されています。

出典:金融庁

出典:金融庁

シナリオ分析 3つのポイント

前述の通り、TCFD開示にはシナリオ分析を行うことが求められていますが、「自社で実施するためのプロセスがわからない」「社内で理解を得るためには労力がかかる」など、実践するにあたり悩む方も多いようです。実際にシナリオ分析を行う際には、下記の3つのポイントに着目してみましょう。

ポイント① 経営陣に重要性を理解してもらう【社内の合意形成】
初めてシナリオ分析を行う企業・組織では、基礎的な取り組みからスタートして、段階的に高度化を進めていくことが重要です。そのために欠かせないのは、組織内を巻き込み、シナリオ分析の範囲やタイムスケジュールの設定を行うことです。
そのためにはまず、経営陣にTCFD開示の重要性を理解してもらうことが必須といえます。その後の情報開示をスムーズに行うためにも、まずは社内の理解を得ることが第一。そのうえで、シナリオ分析を行うための体制を構築し、対処する範囲やどのくらい先を見据えたシナリオにするのかなどを検討しましょう。

ポイント② リスク重要度の評価の粒度を決める【ルールの制定】
シナリオ分析の準備が整ったらいよいよ具体的なリスクと機会について検討していきますが、その際には「どのリスクを考慮するか」の取捨選択が必要です。将来的に財務に影響を与える可能性があるか、組織のステークホルダーが関心を持っているかなどいくつかの観点で評価と検討し、取捨選択をしていきましょう。

ここで重要なのは、リスクと機会の重要度について「評価の粒度」をあらかじめ決めておくことです。商材やサプライチェーン別に重要度を大・中・小で評価するなど細かく評価することで、組織の経営実態に応じた判断がしやすくなるでしょう。例えば、物理的リスクとして捉えられる「異常気象や自然災害の激甚化」などの場合、調達段階における重要度は「大」ですが、販売段階においては「小」といえます。このようにそれぞれ違った評価ができるので、指標を決めておくことはとても重要なポイントです。

出典:環境省

出典:環境省

ポイント③ 定量的なインパクトを優先的に評価する【選択と集中】
リスクや機会が事業にもたらすインパクト(影響)を評価する場合には、定量的なデータによって評価しやすいものから行うことがポイントです。中には、データにしづらい定性的なインパクトもあります。これらを評価するのは難しく、評価者の主観に左右されることもあるため、優先順位は下げるのがよいでしょう。また、定量的なデータに関しても、数値の精度を追求しすぎてしまうと評価に時間がかかってしまうため、あらかじめどの程度の精度で検討するのかを決めておくことが大切です。シナリオ分析に初めて取り組む際は、重要度の高いリスクから定量的なインパクトを試算し、全体像を大まかに把握するようにしましょう。一方で、シナリオ分析に継続して取り組む場合は事業インパクトの算定方法について経営陣らの納得を得られるようにディスカッションを進めていくことが望ましいといえます。

環境対応は企業価値を高めるチャンス

東京証券取引所プライム市場上場企業に対してTCFD開示が求められるようになり、今後ますます企業活動の透明性が重視されていくとみられています。すでに、気候変動に対する危機感の高まりから、CO2排出量の多い産業に対する投資引き上げ(ダイベストメント)も行われています。

シナリオ分析はあらゆる角度から事業に対するリスクと機会を検討しなければならず、ハードルが高く感じられるかもしれません。しかし、実施することで事業のリスクと機会が可視化でき、経営陣やステークホルダーにも共有できるため、企業や組織の目指すべき方向性や取り組みの優先順位を明確にすることができます。
また、環境への対応は企業やサービスのイメージアップにもつながり、新たな取引の獲得や人材採用面の効果も期待できます。上場区分や上場有無に関係なく、環境課題の解決に取り組むことのメリットは大きなものがあるといえます。

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