飛行機写真のプロ中野耕志に聞く2:
機体を魅力的に見せる仕上げ技

「中野先生、飛行機に合ったプリント調整の方法を教えて下さい!」

飛行機写真のプロ中野耕志に聞く2:機体を魅力的に見せる仕上げ技

飛行機写真のプロ
中野耕志に聞く2:
機体を魅力的に見せる仕上げ技

「中野先生、飛行機に合ったプリント調整の方法を教えて下さい!」

前編では中野さんに飛行機の撮り方を教わりましたが、後編となる今回は、いかにして美しい飛行機のプリントを作るか、を教わります。というわけで、プリント編の開始です。使用するプリンターは、Epson UltraChrome K3 インクを搭載したA3ノビ対応モデルの「SC-PX5VII」、プリント用紙は「写真用紙クリスピア<高光沢>」です。(TEXT:桐生彩希)

中野耕志(なかのこうじ)

1972年生まれ。野鳥や飛行機の撮影を得意とし、広告や雑誌等に作品を発表する。「Birdscape~鳥のいる風景」「Jetscape~飛行機の飛ぶ風景」を二大テーマに、国内外を飛び回る。著書に写真集「侍ファントム F-4最終章」(廣済堂出版)、「飛行機写真の教科書」(玄光社)などがある。

中野耕志(なかのこうじ)
木下栄(きのしたさかえ)

羽田空港をベースに飛行機の写真を撮影している写真愛好家。撮った写真はプリントして確認するというプリント好きで、プロの撮影とプリント作業を間近で体験するために参加。よく使うプリント用紙は落ち着いた質感の半光沢派。
「連写しない中野さんの撮影スタイルは驚きでした。前後のシーンも写しておかないともったいない気がしてしまいますから。それと、モノクロでプリントすると表現力が身に着くという話も役立ちました」

木下栄(きのしたさかえ)

01客観視するためにプリントを作る

中野さんは、作品を必ずプリントして確認しています。その目的は、「客観視」するため。写真を見る人にどう伝わるのかを確認するためにもプリントは必要といいます。
中野:プリントの大きさによって、色あいとか被写体の大きさの感じ方とか、適切なものが変わってきます。小さいと派手な色彩やハイコントラストな色調は認識しやすいし、ちょっとぼやけた感じでも分かりづらい。でも、大きく伸ばすと、小さなプリントでは感じなかった色や画質のゆるさとかが見えてくる。ですから、大きな写真だったらこれは使えないけど、小さくするなら使えるとか、最終的なアプトプットに合わせてシミュレーションしやすいんです。
プリンターはエプソン「SC-PX5VII」を使用
プリンターはエプソン「SC-PX5VII」を使用。パソコンのプリント環境は、「Adobe® Bridge」とエプソン純正のプラグインソフト「Epson Print Layout」の組み合わせ。Adobe® Bridgeで写真を選択して、Epson Print Layoutを呼び出す流れだ
しかしながら、プリントは最終的な確認のためのもの。撮影の段階で「写真を使う目的」を意識してシャッターを切っているとのことです。中野さんが撮影する大きな目的のひとつが、写真集や雑誌のグラビア。つまり、紙媒体への出力を意識して、色やコントラスト、上下や左右の空間などを作り込んでいるというわけです。
ただし、中野さんのカメラの設定はとてもシンプルです。今回の撮影では、絞りはF8、シャッター速度は1/1,000秒、WBは太陽光、ISO感度は100に固定し、仕上がり設定(ピクチャーコントロール)は「風景」を選択しています。撮影時はこれらの設定を変えることなく、飛行機に当たる光の加減や背景の状態で、写真から伝わる色調をコントロールしていました。
プロとしての長年の経験から、この設定にハマる写真なら印刷もプリントも色調補正なしで行けることが分かっているのだそうです。
中野:構図で説明すると、プリントする意味が分かりやすいですね。実は、不定期ですがデジタルカメラマガジンで4ページの連載をしていて、最初が見開きの2ページなんです。ここに掲載する写真は、センターが必ずページのノド(中央の折り目部分)に隠れてしまう。だから、あえてセンターをズラして撮ります。そして、プリントを作ってノドに隠れる部分を再確認するというわけです。

02モノクロプリントで
表現力に磨きをかける

飛行機写真は、撮影者ができることがとても少ないジャンルです。飛行機の動きも、アングルも、背景も、光線状態もコントロールできない。だからこそ、しっかりとした前準備が必要で、なおかつ撮影の現場で考えることを減らし、「目の前の被写体をどう写すか」に集中することが重要だと教えてくれました。
中野:考えることを減らすというのは、カメラの設定を固定するということもあるし、構図をあらかじめ決めておくということもあります。たとえば背景が山の場合、飛行機が山の稜線から出た瞬間に写すと決めておけば、やるべきことはタイミングを見てシャッターを切るだけです。
D500/AF-S NIKKOR 70-200mm f/2.8E FL ED VR/102mm/マニュアル露出(F11、1/500秒)/ISO100/WB:晴天
D500/AF-S NIKKOR 70-200mm f/2.8E FL ED VR/102mm/マニュアル露出(F11、1/500秒)/ISO100/WB:晴天
あらかじめ露出などを決めておくことはさほど難しくはありませんが、問題は「構図」です。飛行機を画面のどこに、どうやって収めれると格好よく写せるのか。背景と飛行機の重なりはどうすればよいのか、疑問は尽きません。
青空を背景にすればよいという撮り方は前編で教えてもらったのですが、ほかにもいろいろな背景がありますし。そもそも、機体の全部を写さないときはどこで切ればよいのかすら、初心者には判断できないのです。木下さんはこの辺りは熟知しているようなので、こちらからお聞きしてみました。
中野:まず、機体を切るときはエンジンポッドの外側が目安です。これを意識すると安定した構図を作れます。それと、背景との絡みに関して重要になるのが、『機首』と『主翼の先端』と『尾翼の先端』です。この3点がよく見えていれば、飛行機として認識できますから。要は、飛行機としてのシルエットを見せてあげることが大事なんです。たとえば、この写真はここの隙間(川の幅の中)に飛行機を入れて、シルエットをハッキリとさせています。
遠方も街並みや山並みを背景にすると飛行機が埋もれてしまうため、川が背景になる位置で飛行機を撮影したシーン
遠方も街並みや山並みを背景にすると飛行機が埋もれてしまうため、川が背景になる位置で飛行機を撮影したシーン。シンプルな背景のため、飛行機の形が明確に見て取れる
そして、おそらく飛行機写真が上達するだろう最大のポイントを教えてくれました。それが、「モノクロ」でプリントするということです。この話には木下さんも身を乗り出して耳を傾けます。
中野:やってみるといいのは、モノクロでプリントをしてみることです。色でごまかされないから、背景とか、機体のコントラストが適切かどうかとかがすぐに分かるんです。モノクロにしたとき背景に埋もれ気味になる写真は、構図やタイミング、光線状態に問題があるということです。よい写真は、モノクロにしても力強く飛行機が描写されます。だから、表現力を身に着ける手段として、モノクロプリントを役立ててもらいたいんです。モノクロの飛行機写真は、飾っても格好がよいですし。
D5/AF-S NIKKOR 500mm f/4E FL ED VR/500mm/マニュアル露出(F8、1/1,000秒)/ISO 100/WB:晴天/プリンター:エプソン SC-PX5VII/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
D5/AF-S NIKKOR 500mm f/4E FL ED VR/500mm/マニュアル露出(F8、1/1,000秒)/ISO 100/WB:晴天/プリンター:エプソン SC-PX5VII/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>

03作品の出来を判断するために
プリントは必須

撮影してきた写真をパソコンで整理しながら、プリント用紙に関して話し始めました。
中野:プリント用紙は光沢紙を使ってます。アウトプットの対象が雑誌とか写真集なので、それに近い形でプリントを作るためです。和紙とか、アート系の用紙とかも使ってみたいんですけど、自分には必要がない。求められるものを撮るのがプロですから。今のところ、モノクロを含めてそういう要求がないんです。
そう語る中野さんのプリントワークはシンプルです。撮影はRAWとJPEGの同時記録ですが、色やコントラストは撮影時にコントロールしているので、そのままストレートにプリントを作るだけです。撮影後に手を入れるとしても、スポッティング(センサーに付着したごみの陰を消す処理)や、わずかな露出の補正程度。今回の写真は、スポッティングのみでプリントを作っていました。
出力された2枚の写真を並べて中野さんが、告げます。
中野:順光で写したカットと、光が当たらない状態で写したカット(前編参照)をプリントしたので比較してみましょう。肉眼ではきれいに見えていたとしても、プリントすると違いは一目瞭然です。機体の横から光が当たっている写真は立体的ですが、光が当たっていないと沈んだ色になってしまいます。
カメラの液晶画面で見せてもらったときは気にならなかったが、光が当たっていないカットをプリントすると、順光で写したものとの違いが大きい
カメラの液晶画面で見せてもらったときは気にならなかったが、光が当たっていないカットをプリントすると、順光で写したものとの違いが大きい。作品の出来を判断するためにも、プリント作りは欠かせないと実感
中野さんは、今回撮影した写真以外にも写真を持ち込み、たくさんのプリントを作成しました。すべての写真が、Epson Print Layoutで「用紙種類」を「クリスピア」に設定しただけでプリントしています。前回の秦さんと同様に、撮影時に紙媒体への印刷を意識して露出や色を決めているため、撮影後の処理を必要としません。
中野:できるだけ手離れのよい状態にしておきたいんです。だから、撮影したらそのままプリントして、確認できるようにしているだけです。RAW現像やレタッチに時間を割かれないように。本来ならモニターのキャリブレーションとか、プリントの色合わせとかをしっかりとするべきなんでしょうが、商業印刷の場合はどうしても出ない色がありますから。それらもろもろを含め、プリントを作ってチェックしているというわけです。
作成したプリントに見入る中野さん
作成したプリントに見入る中野さん。「RAW現像とかレタッチとかしたいんですけど」と語るが、プリントを見る限りその必要性は感じられないと現場にいる一同が同意

04参加者の質問に中野さんが回答

[木下さんの疑問1:カメラの仕上がり設定(ピクチャーコントロール)はどうして「風景」モードなのですか?]

中野:メリハリのある色彩になるので、「風景」モードにすることが多いですね。「風景」モードはコントラストがきちんと出ていないと色だけが強く出てしまうこともあって、その辺りに注意が必要です。でも、飛行機を順光で写しているならコントラストは適切に出ているから、「風景」モードで撮影してもきつい色に感じることは少ないはずです。

[木下さんの疑問2:常に同じ画質で写したりプリントを作ったりするのが難しいのですが]

中野:カメラをマニュアルに設定して、絞りとシャッター速度とWBを決めて写すことと、あらかじめ構図を決めておくこと。ファインダーで飛行機を追うよりも、「ここで撮る」と決めて飛行機がそこに収まるのを待ってシャッターを切れば、露出も構図も安定します。これは、シチュエーションが変わっても同じです。撮影で露出も色も決めていれば、プリントは(レタッチやRAW現像をせず)そのまま作るだけなので、毎回同じクオリティーに仕上がるはずです。

[木下さんの疑問3:AFのポイントはどこに置いているのですか?]

中野:グループエリアAF(複数の測距点が集まっている設定)にして、コックピットの付近にピントを合わせてます。飛行機が来たら、撮影する少し前にファインダーから目を離して「どこを撮るか」を確認し、風景との配置を考えて「この部分を画面に入れよう」と決めて写すとよいかもしれません。

[木下さんの疑問4:自分は撮影時にあれこれと忙しいのですが先生はそれが感じられません]

中野:必要なことは撮影前に終わらせているからです。シャッターを切るまでに、長い時間観察をしたりだとか、場所の選定とかをやっていて、被写体と対峙するときはシャッターを押すだけの状態にしてます。プロセス的には同じなんですけど、あれやこれやを撮影の段階にやるか、それ以前に済ませるかの違いです。

05取材後記

中野さんの撮影スタイルは驚きの連続でした。「飛行機の撮影は計画段階でほとんど終わる。シャッターを押すのは最後の仕事」と語るだけあって、何の迷いもなく、コンマ何秒の早業で撮影を終えてしまいます。中野さんがカメラを構えているシーンを写すことが困難なほどのスピードです。仕方がなく、撮影後に数秒間カメラをホールドしてくださいとお願いをしたほどですから。
そして、プリントワークもまた素早い。プリント前にやることといえば、撮像素子に付着したごみの陰を消去する程度。あとは、Epson Print Layoutで用紙の種類を設定して作業は完了と、面白いほど簡単にプリントを作り出します。後処理に頼らず、しっかりと撮影することは大切なのだと思い知らされました。
中野さんの取材を終えて思ったことがあります。それは、「自分にも撮れるかも」ということです。これはひとえに、中野さんの伝える「順光で写す」「あらかじめ構図を決める」という撮り方がとても分かりやすくて、プリントにも説得力があったからにほかなりません。
飛行機の写真はコレクション的な要素もあると中野さんはいいます。中野さんみたいな作品を撮るのは難しいけれど、カタログ的に写すなら自分にもできそう。そんな写真をプリントしてファイリングするのもまた、ひとつの趣味として楽しめそうな気がします。
  • (注)本媒体上の他者商標の帰属先は、商標についてをご確認ください。