スナップ写真のプロ鈴木知子に聞く1:
モノクロ作品の撮り方と作り方

「鈴木先生、モノクロ写真の基礎をみっちりと教えてください!」

スナップ写真のプロ鈴木知子に聞く1:モノクロ作品の撮り方と作り方

スナップ写真のプロ鈴木知子に聞く1:
モノクロ作品の撮り方と作り方

「鈴木先生、モノクロ写真の基礎をみっちりと教えてください!」

「写真はプリントで完結する。そして、撮影とプリントは直結する」をテーマに、GANREF( https://ganref.jp)の写真愛好家がプロに同行して撮影とプリントのノウハウを学ぶこの企画。今回は、スナップ写真のプロであり、モノクロ写真のエキスパートでもある鈴木知子さんに、モノクロ撮影の極意をレクチャーしてもらいます。奥が深いモノクロだからこそ基礎から教わりたい。ということで、鈴木さんに本気のモノクロセミナーをリクエストしてみました。(TEXT:桐生彩希)

鈴木知子(すずきともこ)

神奈川県横浜市出身。東京工芸大学短期大学部卒業後、広告撮影プロダクションに入社。写真家、柳瀬桐人氏(他)のアシスタント経験後、コマーシャルフォトを中心に活動。現在フリーランスとして地元横浜に事務所を構え、カメラ片手に日々奮闘中。近年は雑誌への作品提供やフォトコンテストの審査、セミナー講師、写真ハウツー書籍の執筆も行なっている。

鈴木知子(すずきともこ)
井上純子(いのうえじゅんこ)

スナップやペットの写真を撮影しているGANREFユーザー。エプソンの染料インクプリンターを所有し、普段からプリントを楽しんでいる。目標としているのは、「飾れる写真」を撮ること。モノクロを撮ることが少なく、きちんと勉強したいとの思いから今回の企画に参加。

井上純子(いのうえじゅんこ)

01今回は「モノクロ写真の教科書」

撮影の現場でシャッターを切りながら撮り方を教わるというスタイルは、プロの技を垣間見る貴重な体験だと思います。この企画は今回で8回目なのですが、多くの回でプロと参加者の写真愛好家が、実際に撮影やプリント作業を行いながら作品を作ってきました。

被写体を前にしたプロの一挙一動はとても勉強になります。シーンのどこを見て、被写体とどのように対峙するのか。カメラの設定はいつ、どのタイミングで行っているのかなどなど、プロが蓄積してきたノウハウを目の当たりにできるわけですから。

でも、今回取り上げるモノクロ写真は奥が深い世界であり、自由過ぎるジャンルでもあり、そして写真の基礎でもあります。写真文化の根底といってもよいかもしれません。

だからこそ、モノクロ写真の技術は、あらゆるジャンルの作品制作に役立つはずです。

つまり、「基礎からしっかりと覚えたい知識」というわけです。

というわけで、今回は座学のスタイルを採ってみました。前もって鈴木さんにモノクロ講義の内容を考えてもらい、それを参加者や読者に伝えるスタイルです。「モノクロ写真の教科書」ともいえる回です。

モノクロ写真は今後も取り上げることがあるかもしれませんが、写真家によって撮り方や考え方は異なってくるはずです。だからこそ、鈴木さんが解説するスタンダードなモノクロの知識が必要になるのです。
モノクロ写真のノウハウをじっくりと解説
モノクロ写真のノウハウをじっくりと解説。鈴木さんが用意した資料はとても膨大で、時間内に講義が終わるのか心配になるほど。
ちなみに、鈴木さんも参加者の井上さんもソニーのα7 IIIユーザーなので、解説はα7 IIIがベースになります。でも、ほかのメーカーのカメラでも大丈夫。どのカメラもモノクロで撮れるし、類似の機能が搭載されているので、カメラを片手に記事を読むと理解が深まると思います。
鈴木さんのカメラ(左)も井上さんのカメラ(右)も、どちらも同じソニーのα7 III
鈴木さんのカメラ(左)も井上さんのカメラ(右)も、どちらも同じソニーのα7 III。装着しているレンズも同じで、二人ともFE 24-105mm F4 G OSSを使用。
α7 III: https://www.sony.jp/ichigan/products/ILCE-7M3/

02モノクロで撮る意味があるか?

モノクロ写真は色がない世界。「色」という被写体のもつ大きな個性を活かすことができない表現方法です。だからこそ、色がなくても印象的なシーンや被写体選びが作品性を高めるカギとなります。

鈴木さんのモノクロ講義は、1.光と影、2.質感、3.一方向の光、4.露出補正、の4本柱で進んでいきますが、その前に大前提となる「モノクロ写真にする意味」について教えてくれました。
鈴木:モノクロ写真は、白から黒の階調(=濃淡)で表現された写真です。カラー写真と違い、色を使って表現することができません。「色」は被写体のもつ最大の個性であり、たとえば、バナナが黄色いか緑かで熟れ具合が分かったり、空の色で夕方なのか昼間なのかが分かるなど、色のもつ力はとても大きなものです。その色がなくても魅力的に見えるもの、それこそがモノクロで表現する意味のある被写体といえます。

同じ写真をモノクロとカラーで比較しながら、解説が進みます。カラーの状態だと目立つ色の被写体でも、モノクロになると周囲の色に埋もれ、なにを写しているのか分からなくなってしまうものもあります。

カラーの写真をモノクロにするだけで味わいというか、作品性が高まると思いがちですが、それはやはり、モノクロを意識した写真であることが重要です。カラーの作品が、モノクロでも作品になるとは限らないのです。
(注)以下の作品はすべて鈴木知子さんが撮影
赤い椿の花が枯れ葉に落ちたシーン
赤い椿の花が枯れ葉に落ちたシーン。カラーでは明確な被写体も、モノクロにすると被写体の分離があいまいになるものもある。
鈴木:印象的なモノクロ写真を撮る秘訣は、「色がなくても魅力的に見えるか」を考えることです。それを満たしそうな条件を考えてみました。それが、次に紹介する6項目です。
  • 普段は目にすることがない風景
  • 階調の変化が明確で分かりやすい
  • 光と影の印象が強い
  • 形状が明確
  • テーマが明確
  • 時代を表現している
この6項目を意識してシーンや被写体を選べば、モノクロ写真に作品性が出てきます。とくに、カラーではよい写真なのに、モノクロにするとパッとしないという場合は、これらに着目してみてください。
写真というのは、どうしても色による印象が大きくなります。被写体のもつ質感だったり、季節や時間的な違いだったり、作品を演出するためのインパクトだったり。つまり、その写真で「なにを伝えたいのか」を色に頼ることが多いということです。

「色のある世界で生きている以上、色というものが被写体の最大の個性なんです」と鈴木さんはいいます。
鈴木:色がなくなることで、意図するイメージが伝わらなくなってしまう。それをきちんと意識して、モノクロが合うのか、カラーで撮るべきかということを考え、被写体を選んでいきたいところです。そして、「なぜモノクロで表現するのか」。それをしっかりと頭に描くこと。それが重要です。
ドラマチックな夕景のシーン
ドラマチックな夕景のシーン。「色」による印象が大きな要素だからこそ、モノクロになると作品そのものの意味が失せてしまう。

03モノクロで世界を見ること

デジタルのモノクロ写真は、カラーで撮影してからパソコンのソフトやプリンターの機能を使ってモノクロ出力することが多いかもしれません。でもこの場合、モノクロに適したシーンや被写体であることを理解した上で撮影を行わないと、モノクロでは意味のない作品になることが多いと鈴木さんは忠告します。
カラーで撮影してモノクロに変換した作品
カラーで撮影してモノクロに変換した作品。苔むした歴史を感じさせる風合いがモノクロでは感じられず、単なる石のザラザラとした質感に見えてしまう。表現したかった「歴史の重み」がモノクロでは伝わらない例。
鈴木:カラーからモノクロに変換した結果、モノクロで撮る意味のない写真になってしまう。そういうことがないように、撮影時にカメラをモノクロに設定して、液晶モニターでモノクロの状態で被写体を確認することが重要です。
ミラーレスカメラの場合は、カメラの設定で「モノクロ」などを選ぶとビューファインダー内の画像がモノクロになり、被写体や景色がモノクロで眺められるようになります。一眼レフカメラの場合は、やはり「モノクロ」に設定してから、「ライブビュー」機能で液晶モニターに映像を写すことで、モノクロでシーンが確認できます。

あらかじめモノクロで被写体に対峙することで、肉眼(カラー)では気づかないモノクロの落とし穴が見つかるというわけです。

(注)YouTube™のサービスを使って提供しています。

カメラをモノクロにセット。これにより、モノクロにすると埋もれそうな被写体も、液晶モニターの映像であらかじめ確認できる。
ちなみに鈴木さんは、写真の保存形式を「RAW+JPEG」にセットしていました。この場合、JPEGはモノクロで保存されますが、RAWはカラーの状態で保存されます。つまり、カラー写真として使ったり、必要に応じてRAW現像でモノクロ化することもできるというわけです。

04【撮影のポイント1】光と影

ここからが、モノクロ写真撮影の核心部。まずは、4つのポイントの1つ目、「光と影」についてです。これは主に、モノクロに向いているシーンの探し方に関わってきます。

ちなみに、光とはモノクロ写真でいうところの白い部分(=ハイライト)、影とは黒い部分(=シャドウ)のこと。「光と影」を「白と黒」に置き換えると、モノクロ写真における意味合いがイメージしやすくなるかもしれません。
鈴木:モノクロ写真は光と影の強弱のみで表現されるため、光の強さや角度、それによって変化する影の状態で印象が大きく変わってきます。たとえば、同じシーンでも影の長さが異なっていたり、別の角度に伸びていると、それはもう異なる作品になります。それくらいに、モノクロ写真において光と影は重要ということです。なので、モノクロで撮影するときは光と影があるシーンを意識する。つまり、ある程度メリハリのあるシーンを選ぶとより魅力的に写せるはずです。

ただし、単に明暗差のあるシーンを写すだけでは不十分で、さらに「ハイライト」に着目してもらいたいとのこと。画面内に暗い部分と明るい部分があると、ひとの目は明るい部分に引かれやすいため、主題となる見せたい部分にハイライトを作るというわけです。
主題としているのは新幹線(ハイライト部分)
主題としているのは新幹線(ハイライト部分)。暗い中で主題と線路に目が向くため、色を使わなくてもなにを見せたいのかをしっかりと伝えることができる。
光と影がハッキリしていないシーンは、モノクロで撮影すると印象が弱くなりがちです。それは下の写真からも明らかで、「ハイライトがもっと白ければ視線が向くはず」という鈴木さんの解説どおり、もの足りない印象を受けます。

それでも、画面内にある白い部分に目が向くことは確かです。

「光と影」があるシーンで、主役に目が向くように「ハイライトを意識」した画作りをする。これが、モノクロ向きのシーンを印象的に写す第一歩といえそうです。
「どちらかというと失敗に近い」と前置きして見せてくれた写真
「どちらかというと失敗に近い」と前置きして見せてくれた写真。テーブルの白が際立つようにメリハリのある画作りができれば、より印象的になるという。

05【撮影のポイント2】質感

「光と影」でモノクロ向きのシーンが分かったら、次はどのような被写体が適しているかです。これに関しては、鈴木さんは「質感に着目する」と何度となく繰り返していました。質感とは、被写体の表面の凹凸、いわゆるテクスチャのことです。
鈴木:カラーで撮るときよりも、被写体の模様や質感を際立たせることで魅力が引き出せる。たとえば、壁を撮るにしても、ガラスのような平面ではなく、レンガなどで作られている凹凸のある被写体がモノクロ向きです。光と影が前面に出てくるモノクロだからこそ、フラットな質感ではなく、凹凸を強調して立体的に見せるということです。
動物は鈴木さんがおススメするモノクロ向きの被写体のひとつ
動物は鈴木さんがおススメするモノクロ向きの被写体のひとつ。皮膚のテクスチャや毛並みなど、凹凸を活かした作品が作り出せる。
質感のある具体的な被写体というと、上で紹介している動物や、布、金属のレリーフ、畳、植物の葉など、探せば割とあるものです。中でも鈴木さんは、鉄瓶のような微細な凹凸をもつ金属はモノクロで写すと重厚感が出しやすいと教えてくれました。

それと、鈴木さんの写真で面白いと思ったのがエスカレーターのシーン。鈴木さん曰く、金属の光沢感がモノクロの表現でより重厚になっている」とのことでした。
写真左:鉄瓶と畳の質感がモノクロになることで際立っている。対して後ろの襖はフラットな質感のため、モノクロでは主題になりにくい。写真右:エスカレーターの幾何学的な凹凸(右)は、モノクロにするとインパクトが出てくる。
写真左:鉄瓶と畳の質感がモノクロになることで際立っている。対して後ろの襖はフラットな質感のため、モノクロでは主題になりにくい。写真右:エスカレーターの幾何学的な凹凸(右)は、モノクロにするとインパクトが出てくる。

06【撮影のポイント3】一方向の光

モノクロ写真は、カラー写真よりも光と影が浮かび上がってきます。それを活かすために、「光と影」のあるシーンを探し、凹凸などの「質感」がある被写体を選ぶと印象的に撮れるということを解説してもらいました。

そして、第3のポイントとなるのが、光の種類です。

モノクロ写真で重要な影が出るためには光が必要ですが、どんな光でもよいというわけではありません。たとえば、複数の方向から照明に照らされている被写体の場合、「光」はありますが、「影」は複数方向に薄く生じてしまいます。これでは影の印象が弱くなり、視線が向きやすいハイライトが強調できなくなります。
鈴木:モノクロに向いているのは「一方向から射す光」です。光をひとつにすることによって影が明確になり、凹凸などの質感が浮かび上がるようになります。分かりやすいのは太陽光です。太陽の光と影。とくに、逆光や半逆光で写すことで、被写体の輪郭がハッキリしたり、質感が出しやすくなるのでおススメです。
逆光や半逆光による一定方向からの光は、「光と影」がストレートに表現され、凹凸などの質感も描写しやすい。
逆光や半逆光による一定方向からの光は、「光と影」がストレートに表現され、凹凸などの質感も描写しやすい。
ちなみに、逆光や半逆光というと「太陽に向かって撮る」というイメージを抱くかもしれませんが、「手前に影が出る撮り方」と考えると、鈴木さんの解説がより分かりやすくなります。

もちろん、画面に太陽を入れた逆光のシーンもかっこいいモノクロ写真になります。でも、画面に太陽などの光源が含まれず、奥から射す光で写すだけでも立体感のあるモノクロ写真にすることができます。
左は画面に太陽を含めたシーン。光と影がシンプルに表現されている。右は階段上部から射す一方向の光で、被写体の輪郭を強調した撮り方。
左は画面に太陽を含めたシーン。光と影がシンプルに表現されている。右は階段上部から射す一方向の光で、被写体の輪郭を強調した撮り方。

07【撮影のポイント4】露出補正

光と影、つまり白と黒で表現されているモノクロ写真は、白や黒の明るさが変化すると大きく印象が変わって見えます。それをコントロールする機能が、カメラに搭載されている「露出補正」機能です。
鈴木:モノクロにはデリケートな露出補正が必要です。たとえば、この写真(下)はモノクロでダチョウを撮影したものです。暗めに写すか明るめに写すかで、茶色っぽい/白っぽいというように、本来のダチョウの色が異なって感じると思います。
ダチョウをモノクロで撮影した例
ダチョウをモノクロで撮影した例。左は露出補正値を「-0.5EV」で撮影し、右は「+1.0EV」で撮影したもの。
露出補正を行うかどうか、行う場合でも明るくするか暗くするかは、自分がどのように表現したいのかで決めればいいといいます。正解がないというのは難しいかもしれませんが、軽いやさしい雰囲気にするなら少し明るく、重厚感や不穏な印象を出したいときは暗く写す、という点が目安のようです。

露出の差から得られる印象の違いを、空の写真で比較してくれました。
鈴木:下の写真を見てわかるとおり、明るい写りの空はスッキリとした感じですが、暗い空はおどろおどろしい感じがします。このように、明るさの変化でモノクロ写真の印象は一転するので、慎重に決めたいところです。
空の比較写真
空の比較写真。左が露出補正なしで写した空で、右が「+1.0EV」で写した明るめの空。露出の変化で伝わる印象が異なってくる。
モノクロ写真の基本的な知識と、ポイントとなる4つの撮り方について教わりましたが、さらに作品性を高める要素として、「コントラスト」に、「フィルター効果」や「調色」機能などの活用があります。

鈴木さんはこれらについても解説していますが、プリント作成の解説も含めて後半で紹介したいと思います。(後半に続く)

(注)YouTube™のサービスを使って提供しています。

撮影のポイント1から4について解説しているダイジェスト動画。モノクロ撮影のノウハウを再確認しよう。
  • (注)本媒体上の他者商標の帰属先は、商標についてをご確認ください。