ドキュメンタリー写真のプロ清水哲朗に聞く2:
スナップ写真仕上げの技

「清水先生、味わい深いプリントが作りたいです」

ドキュメンタリー写真のプロ清水哲朗に聞く2:スナップ写真仕上げの技

ドキュメンタリー写真のプロ清水哲朗に聞く2:
スナップ写真仕上げの技

「清水先生、味わい深いプリントが作りたいです」

清水さんはパソコンを使わずにプリントすることが多く、「撮る段階」で作品として仕上げているといいます。後編となる今回は、「アートフィルター」を使いノスタルジックに写した写真(前編参照)を、色鮮やかな色彩表現が得意なカラリオ「EP-10VA」で作品化してもらいました。(TEXT:桐生彩希)

清水哲朗(しみずてつろう)

1975年横浜市生まれ。日本写真芸術専門学校卒業後、写真家・竹内敏信事務所入社。23歳でフリーランスとして独立。独自の視点で自然風景からスナップ、ドキュメントまで幅広く撮影。2005年『路上少年』で第1回名取洋之助写真賞受賞。2014年、日本写真協会賞新人賞受賞。

清水哲朗(しみずてつろう)
前山美樹(まえやまみき)

プリントも行う撮影教室に通うほどの写真好き。人物のスナップを撮りたいと今回の企画に参加するも……。
「清水先生みたいに、『自分の写真が好き』っていえるようになりたい。ひとを撮らせてもらうコツとか、通行人の有無とか、サイズ違いのプリントを作る意味とか、今後に活かせそうです」

前山美樹(まえやまみき)

01セレクトするためにプリントを作る

作品を作るにあたり、清水さんが選んだプリンターは、K2インク(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックの基本の4色+レッド、グレー)搭載のA3複合機、カラリオ「EP-10VA」です。普段から使っている機種で慣れているということもありますが、染料インクで発色がよくスピーディー。セレクト用の大量のプリント出力から、A3サイズの作品つくりまで、幅広く対応できるのが気に入っているといいます。
「EP-10VA」はデジカメのメモリーカードから直接プリントが作れるため、パソコンを使わないという清水さんのスタイルにも最適
プリンターはエプソン「EP-10VA」、プリント用紙は「写真用紙クリスピア<高光沢>」を主に使用。「EP-10VA」はデジカメのメモリーカードから直接プリントが作れるため、パソコンを使わないという清水さんのスタイルにも最適
清水さんは、慣れた手つきで次々とプリントを作っていきます。やっていることはというと、プリンターにメモリーカードを挿入し、本体の液晶パネルで写真とプリント用紙と印刷の品質を選んでいるだけ。品質は「標準」「きれい」「最高」から選べますが、まずは「標準」を選び、セレクト用のプリントをストレートに出力するのがおススメとのことです。
清水:「標準」でプリントしてもきれいでしょ! 最終的な作品プリントでなければ、「標準」モードでプリントしたほうが効率がいいんです。プリントの待ち時間って、もったいないじゃないですか。その分、たくさんプリントして、たくさんの写真を比較したいし。ほら、いい写真出てきた。めっちゃかっこいい! 昨日の夜に撮った写真だけど、かっこよくない?
OM-D E-M5 Mark III/M.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PRO/Aモード(F1.2、1/15秒)/露出補正 -0.7/ISO 200/WB:晴天/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
OM-D E-M5 Mark III/M.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PRO/Aモード(F1.2、1/15秒)/露出補正 -0.7/ISO 200/WB:晴天/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
清水さんは、頻繁に写真を見せてくれます。撮影中はカメラのモニターで、プリント作業中は出力したプリントを。取材中に撮影した写真だけでなく、「これは昨日の夜に撮ったもの」「これは今朝」「これは大阪」「これは石川のおにぎり」、というように。そんな写真を、次々とプリントしていきます。話を聞くと、自宅でも同じように、たくさんのプリントを作っているそう。
清水:「EP-10VA」は速くてランニングコストが低いのがいい。年賀状も「EP-10VA」、請求書も「EP-10VA」、なんでも「EP-10VA」。僕はパソコンの画面で写真をセレクトするのはあまり好きではなくて、たくさんのプリントを作って、比較して、その中から作品として仕上げるものを探すという作業をします。そのほうが、作品(プリント)の大きさだったり、並べたときの印象だったりが一目瞭然ですから。
プリントすると、写真の見極めがしやすくなる
プリントすると、写真の見極めがしやすくなる。モニター画面では把握しづらい作品の大きさや並べたときの見え方などが、直感的に把握できる

02後処理なしでも作品はプリントできる

「この、写真についている枠ってなんですか?」と、清水さんのプリントを見ていた前山さんが質問しました。清水さんに倣い、前山さんも一部「アートフィルター」を使い撮影していたのですが、自身のプリントにはない効果が気になった様子。
清水:「アートフィルター」にある「フレーム効果」っていう機能。写真の周囲にフレームをつけておくと、「アートフィルター」を使っているってひと目で分かるじゃないですか。
これ、意外と重要!

カメラのモニターで写真を見せてもらったときはフレームの効果はよく分かりませんでしたが、プリントすると「枠」の効果が活きてきます。写真が引き締まるというか、「アートフィルター」の個性的な色彩がフレームにより強調される印象です。

そのような視覚的な効果を得るだけでなく、「アートフィルター」の有無を知る目安にしているとのことでした。確かに、普通の写真と区別しやすくなってます。
OM-D E-M5 Mark III/M.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PRO/Aモード(F1.2、1/80秒)/露出補正 -0.3/ISO 200/WB:晴天/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
OM-D E-M5 Mark III/M.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PRO/Aモード(F1.2、1/80秒)/露出補正 -0.3/ISO 200/WB:晴天/用紙:写真用紙クリスピア<高光沢>
プリント作業を行う写真教室に通っているという前山さんは、いつもはレタッチなどの「後処理」を行ってからプリントを作っています。しかしながら、清水さんはそれとは異なり、撮った写真をそのまま出力するスタイル。やっていることは、プリンターの液晶画面を、ポン、ポン、ポン、と押すだけです。

にもかかわらず、作り出される印象的な作品を目の当たりにして、ため息を漏らしていました。そんな前山さんを見て、「いいよ、いい反応だ」と喜ぶ清水さん。
「EP-10VA」はサムネール一覧が表示できるので、プリントする写真の選択もしやすい
「EP-10VA」はサムネール一覧が表示できるので、プリントする写真の選択もしやすい。清水さんは手慣れた操作で、次々とプリントを作成する
清水:僕は撮ったらすぐにプリントを作りたい。だから、レタッチとかRAW現像とかはほとんどしません。その代わり、「撮る段階」で作品として仕上げるようにしています。「アートフィルター」も佐原で作品を作るなら必要と判断したので、かけ撮りです。
前山:写真展のプリントも同じように作っている?
清水:ここ(「EP-10VA」のプリント)からさらに、顔料インクのプリンターで追い込むんです。「EP-10VA」はランニングコストがいいから、とにかくプリントをたくさん作って残しておく。で、写真展をやろうとか、アルバムみたいなのを作ろうとか、そういうときにプリントを並べてみたり、組み合わせてみたりして比較するんです。
前山:染料インクじゃダメなんですか?
清水:それでもいいんですけど、好きな紙が顔料インクに向いているものが多いというか。写真展では落ち着いた色で見せたいという考えもありますし。この写真を和紙でプリントしたらどうなるかとか、淡い感じにしちゃおうとか、楽しいじゃないですか。染料インクでOKの写真は、顔料インクでも問題ないから、そのまま使えますし。
作品づくりとは何かを説く清水さん
作品づくりとは何かを説く清水さん。染料インクや顔料インクの特性の違い、プリントを作っておく意義、さらには組み写真の考え方に至るまで、前山さんの疑問にていねいに答えていく

03写真に適したプリントサイズがある

「EP-10VA」の操作を覚えた前山さんが、自身の写真をプリントしていきます。その中の1枚を見て、清水さんがコメントしました。それは、朝イチで撮影した街灯の写真(前編参照)です。
清水:出てきたね、同じの。俺は17mmのレンズで撮ったのに、25mmでしょう? 焦点距離が違うのに、ほぼ同じ大きさで写ってる。面白いよね。
前山:17mmのレンズだとちょっと遠いかなって思って撮ってたのに、全然変わらなかったですね。
清水:俺なりに大きく写るように頑張ったんだけどね。この写真には続きがあって、それがこれ。
左が前山さん撮影の写真。中央が同じタイミングで撮影した清水さんの写真で、右が撮り直したもの
左が前山さん撮影の写真。中央が同じタイミングで撮影した清水さんの写真で、右が撮り直したもの
実は、朝に撮影した写真は納得がいかなかったため、午後になってから同じ場所で撮り直しをしていました。「まずは自由に撮影する。気になるものがあったらもう一度撮る」という清水さんのスタイルどおりの行動です。
清水:これは、同じところで昼の14時ごろに撮影した写真。いいの撮れたなあ。でも、それは朝に撮影した写真が呼び水になっていて、朝の写真が残念だったから、「これじゃないよ」って思いがあって。その悔しさがあるから、これが撮れた。
前山:この白い日傘のひとがいなかったら、撮らなかった写真ですか?
清水:撮らないよね。いなかったら、残念な感じで終わってた。実をいうと、朝は順光だからあまり撮りたくなかったんだけど。面白いね、スナップは。
前山:このひとが着物だったらいいのにな。
清水:そういうことだよね。そういう妄想があって、そういうのを狙っていると、撮れたりする。実際にいたから、着物を着ているひと。
朝に撮影した写真
午後になってから同じ場所で撮り直した写真
今回のプリントはA4サイズで作っていますが、まずは2L判で作るほうがよいと清水さんはいいます。家でプリントするときは、いきなりA4で作るのではなく、2Lくらいで様子を見て、写真をセレクトし、A4やA3で作品として仕上げる、という流れです。

ただし、2Lだから作品にならないわけではなく、そこは目的次第。写真(写っている被写体)によっては、2Lの大きさが向いていることもあるのだとか。
清水:本当は、仕上がり(作りたいプリントの大きさ)が見えていると撮り方が変わってくる。L判や2L判でポストカード的な作品にするなら、写っているものが小さいと分かりにくいじゃないですか。だから、そのときはシンプルに見えるような画作りをする。でも、そうやって撮った写真をA3でプリントすると、すっごくでかい。そこまでいらないだろうって大きさになっちゃう。
実際にプリントを作ると、作品の大きさが比較しやすい
実際にプリントを作ると、作品の大きさが比較しやすい。ポストカード向きなのか、それとも大きく伸ばした見せ方が向いているのかなど、画面からでは得にくい情報が直感で把握できる
2L、A4、A3と並んだプリントを眺め、清水さんに「この写真だと、どの大きさのプリントが好みですか?」と訊ねてみたのですが……。「自分の写真が大好きだから。どのサイズも好きだなあ」と。
自分の写真が好きだからこそ誰かに見せたくなる。たくさんの写真を一度に見せるためには、スマホやタブレットの画面ではなくて、「プリント」という実物が効率的だし、必要なのでしょう。

04些細な“なにか”で写真の意義が変わる

プリント作業も大詰めに入ると、終盤に撮影した金平湯の写真が多くなりました。前編でも掲載した、「湯もみするおばちゃん」の写真のプリントも出てきます。清水さん曰く、「白い日傘のひと」の写真と並び、本日のベストショットのひとつです。
清水さんのプリントを見て、前山さんが「今日、ひとを撮ってないなあ」と呟きました。
清水:撮るっていってたのに、ぜんぜん撮りにいかないなって思ってた。
前山:いや、もう、あのおじさんに断られてちょっと……。
清水:ああ、あれで心が折れちゃったの?
前山:折れちゃいました。
清水:お風呂屋さんはいけるかなって思ったけど。
前山:そうですね。聞けばよかった。
清水:おばちゃん、ぜんぜん気にしてなかったよ。
前山:本当ですか? そうかあ……。
清水:そういうことって、なんとなく分かるようになる。会話したときの反応で。だから、ワンチャンスにかけるの。ずっと話をしていて。
スナップ写真では、撮影の許可を得るシーンはよくあります。でも、断られることも少なくありません。一度断られてしまうと、そのあとはなんとなく声をかけづらくなってしまうものです。

清水さんはその辺りの対処がとても上手くて、いつの間にか撮らせてもらっているという感じでした(前編参照)。清水さん流の交渉術、とても参考になります。

最後に清水さんが見せてくれたプリントは、「水郷さわら」を1枚に封じ込めたような作品です。写っているのは、前山さんが撮り方に悩んでいた「ジャージャー橋」のシーン。
清水さんは、写真に民俗学的なものを取り入れたいと語ります。そして、その場所でしか撮れないシーンを撮りたいと。
そのためには、写したいもので画面を埋めるのではなく、引きのカットにする。つまり、被写体(ジャージャー橋)と、その奥の伝統的な建物と、佐原ならではの船を入れる、というわけです。これって、旅先のスナップではとても大切なことではないでしょうか。
写したいもので画面を埋めるのではなく、引きのカットにする
作ったプリントを眺めていた清水さんが、「二人展をやろう」と提案しました。サイトのトップに掲載する写真の案に困っていただけに大歓迎です。

清水さんと前山さんは、さっそくプリントを机に並べ、入れ替え、順番を考えはじめました。色やプリントのサイズ、雰囲気などで、上下左右に次々と入れ替えていきます。

このようなセレクトができるのも、プリントを作ったからこそ。まさに、清水さんが写真展の準備で行なう作業をそのままトレースするという、とても貴重な体験でした。
最後は「二人展」の準備に大忙し
最後は「二人展」の準備に大忙し。東京に戻る時間いっぱいまでプリントを作り、壁に飾る作業が続く

05取材後記

はじめての場所だからこそ感動がある。感動したらそれを撮る。清水さんが取材当初に話してくれたことです。

「上手に写す」ためには、撮影地に何度も足を運び、どこに何があるのか、どの季節、どんな時間がよいのかを知る必要があると思っていたのですが、清水さんはその考えを覆しました。上手く写せないとしたら、それは「こんなものだろう」と妥協しているからです。
清水さんは、一度撮影したシーンでも、納得がいかないと時間を空けて再撮影に向かいます。それこそ清水さんの「取材力」であり、真似したい点ではないでしょうか。

それと、撮影の許可を得る交渉術。僕も参加者の前山さんと同様、「撮らせてください」「ダメです」の流れで凹むタイプですが、これからは清水さん流に、話をする中で反応を見極めてみようかと。よくよく考えると、突然見ず知らずの他人から「写真を撮らせて」と迫られたら、断りたくなりますよね。

スナップ写真は身近なジャンルで、だれでも手軽にはじめられます。だからこそ、「自分なりの感動」を画作りに活かすことが個性を出すコツなのだと、今回の取材で教えてもらいました。