WORK STYLE MAG

ジャーナリスト・佐々木俊尚に聞く テクノロジーで変わろうとしている私たちの働き方

過労や長時間労働が社会問題化する昨今、2016年9月には安倍首相が舵を取る「働き方改革実現会議」が発足し、国を挙げての労働環境の見直しが始まっています。そうした中、民間でも新たな働き方を導入する企業は確実に増え始めました。例えば、東京以外の場所にサテライトオフィスを置いて社員の働く場所の選択肢を増やしたり、リモートワーク制度で限界集落でも東京の仕事ができるシステムを導入する会社も存在します。

このような新しい働き方は、日進月歩するテクノロジーの力によってもたらされたものであることは周知の事実です。しかし、日本人の働き方が改めて問われている今だからこそ、新たなテクノロジーが私たちの働き方をどう変えようとしているのか、考える必要があるのかもしれません。

今回「WORK STYLE MAG」では、政治や経済から日々の暮らしの話題まで、あらゆるトピックをテクノロジーやメディアという切り口で読み解いてきたジャーナリストの佐々木俊尚さんにお話をお聞きしました。2009年には、既に『仕事するのにオフィスはいらない』(光文社)という著書を出版していらっしゃる佐々木さん。同著で佐々木さんはインターネットの常時接続、サードプレイス、そしてクラウドが、特定の仕事場すら持たない「ノマド」という働き方を実現するとその時点で述べており、いずれ日本の就業についての構造変化が起こると推察しています。

同著の発刊から時を経て私たちの働き方は今、どう変化しようとしているのでしょうか。佐々木さんは第一に「徹底的に無駄を省くという考え方が、グローバルスタンダードとなっている」と言います。

注力すべきことに注力できる時代がやってきた

佐々木さん 2000年代に起業したような国内外の若いベンチャーの多くが、「会社の中の無駄なものを省こう」という共通の体質を備えています。例えば最近は高価な文書作成ソフトウェアを導入せず、その代わりすべてをGoogleドキュメントでまかなっている会社が国内でも増えています。100人ほどの規模で総務はたった一人の女性が担っているという企業もあります。これは、その会社がクラウドサービスを駆使し、総務関係の業務に割くリソースを最低限にしようというマインドがベースにあることで実現しているのです。

こうしたあらゆる無駄を省くという考え方は、今やグローバルスタンダードとなっています。そして現にそのマインドを持つ企業が、世界を牽引している現状がある。この状況を踏まえれば、いつまでも儀式的で無駄な社内文化に囚われている企業が取り残され、経営の雲行きが怪しくなるのは必然と言えます。

――無駄を省く企業の事例に、クラウドというテクノロジーサービスを駆使しているというお話がありました。例えばこのクラウドは、私たちの働き方に具体的にどのようなインパクトを与えたのでしょうか。

佐々木さん クラウドは物理的な物からの解放を後押ししたことは言うまでもありませんが、それ以上に仕事上での無駄を省いてくれたことに価値があると思います。というのも、私たちがクラウドの恩恵を受けるのは議事録の共有や請求書の作成、名刺の管理、記事のスクラップなど、割にどうでもいい事務作業がほとんどなのです。

こうした雑務が減ることで、私たちはその処理に費やしていた時間を、もっと有効に使うことができるようになりました。例えば、人と会ったり、何かを考えたり、移動の自由を確保することも可能としてくれたのです。クラウドによる仕事の省力化は、こうしたヒューマニティーに近い部分の領域の拡大に寄与していると言っていいでしょう。

――今伺ったクラウドを活用することによる恩恵を、私たちは十分に生かしきれているのでしょうか?

佐々木さん すべての企業が活かせているとは言えません。なぜなら、クラウドを有効に使えるかどうかも、主体の「無駄なものを省こう」という体質の有無に依るところが大きいため、そもそもそうした考えのない会社はクラウドを導入したところで何も変わらないのです。

クラウドは私たちの働き方を大きく変えましたが、その存在そのものが直接的に人間の思考能力を高めてくれたり、人間関係をより豊かなものにしてくれたりということはありません。クラウドはあくまでツールであり、その恩恵を受けられるかどうかは、使う主体次第なのです。

検索性があってこそ「モノのデータ化」に意味がある

――佐々木さんは現在ひとつの場所にとらわれずに働く、多拠点生活を送っていらっしゃるとのこと。それは佐々木さんご自身にも「無駄なものを省こう」というマインドがあるからこそ実現している働き方かと思いますが、生活や仕事のどのような点にその考えは現れていると思われますか。

佐々木さん 私はまず、できる限り身の回りに物を置かないことを第一にしています。数年ほど前に引っ越した際、本も3分の2ほど売却するなどして処分しました。今残しているものは電子化されていない古い本など、資料的価値のあるものだけです。新聞や雑誌も購入しません。情報量はインターネットの方が多いですし、情報の価値判断ができるリテラシーさえあれば、しっかりと分析された良質な情報を得ることは難しくありません。

――とはいえ、取材や執筆業などにあたる上で、名刺や書類といった紙が手元に増えることもあるかと思います。それらはどのように処理していらっしゃるのでしょうか。

佐々木さん 名刺はすべてドキュメントスキャナーでクラウドに取り込んでいます。読み込めば情報をテキスト化してくれるので検索性もありますし、時系列で見ることができるため、使い勝手としては悪くありません。名刺以外の紙の処理では、例えば製品マニュアルは、どうしても手元に残しておきたいものに関してはスキャンしています。取り込んだデータには、タグ付けが必須です。タグを使う利点は、ジャンルに分ける必要がないことにあります。ジャンルだとひとつの種類にしか情報を分類することができませんが、タグであれば2つ、3つと要素を足すことができ、検索も効率化されますので。

――紙面上の情報のデータ化の肝は、検索性にあるということですね。

佐々木さん 肝という以上に、検索性がなければデータ化に意味はないと言っていいでしょう。かつ、その検索性を高めるためには、デジタルデータを人ではなく“コンピューターが”認識できる形式で保存できるかどうかが重要です。

例えば、私が使っている名刺管理サービスには名刺上の情報をテキストとして保存する機能に加えて、名刺そのものの画像データも同時に保存されます。しかし、アプリから知りたい電話番号やメールアドレスを検索する際にはテキスト化された情報しか使うことはありません。名刺の画像データは人間が視認するためにあるだけで、本来的には意味がないのです。

私がつねづね利用している「Sumally Pocket」というユニークなサービスでも同じようなことが言えます。これは専用の箱に私物を詰めて指定の場所に送れば、中身をスタッフが撮影、預けたものを画像データとしてクラウドで管理できるという新しいトランクルームサービスです。しかしこれも、誰がどんなものを預けているのかをコンピュータだけがテキスト情報を元に管理できていれば良いはずなのですが、私たちは画像を見なければ「あぁ、こんなものも預けていたな」と認識することができない。

つまり、コンピューターと人間、それぞれが求めているデータの形式は異なるのです。このギャップをいかにして埋めるかが、クラウドのような情報を整理し共有する「場」が持つ課題なのではないでしょうか。

企業の事例を挙げながらクラウドが私たちの働き方をどう変えたのか具体的に教えてくださった佐々木さん。またご自身のデータとの付き合い方やクラウドの使い方を例に、いかに情報をデータ化することでより身軽なワークスタイルが実現可能かまでお話くださいました。

インタビューを通して、ただなんとなくクラウドを使っているだけだったと気づかされた人も多いかもしれません。今一度クラウドを使うことが目的化していないか、振り返ってみてはいかがでしょうか。

プロフィール
佐々木俊尚(ささき・としなお)
作家、ジャーナリスト。総務省情報通信白書アドバイザリーボード。1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、月刊アスキー編集部を経て2003年に独立。インターネット、テクノロジーの分野を中心に取材・執筆。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)『仕事するのにオフィスはいらない ノマドワーキングのすすめ』(光文社新書)、『21世紀の自由論―「優しいリアリズム」の時代へ 』など。近著に『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)がある。

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