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2度も“ふりだし”に戻った小型スキャナー「DS-360W」 製作秘話から見えたメンバーの「スキャナー愛」

実用機としてカラースキャナーが世の中に出てきたのは、今から半世紀以上も前のこと。
当時の物は家にはとても置いておけないようなサイズでしたが、今では小型化と軽量化が進み、シチュエーションを選ばず手軽に文書のスキャンができるようになりつつあります。

2016年11月18日にエプソンから登場したコンパクトスキャナー「DS-360W」は、女性でも片手で楽々と持てるサイズ感が魅力の一台です。今回は同商品のプロダクトリーダーである一志朋紀さんと、プロダクトマネージャーの木村正博さん、そして開発担当の永井良和さんにインタビュー。
製品の完成までに至る苦労と、3名がこのスキャナーにかけた情熱をお聞きしました。

小型スキャナーの着想はどこから?

(左から)新製品「DS-360W」プロジェクトチームの一志さん、永井さん、木村さん

――「DS-360W」は幅28.8センチ、奥行き8.85センチ、高さ6.7センチ、重さも約1.3キロと非常にスリムな作りになっています。このような小型スキャナーの開発の着想にはどのような背景があったのでしょうか?

木村さん(以下:木村):当社のスキャナーを使っていただいているお客さまの実際の使用環境を調査したことがきっかけでした。日常的にスキャナーを使う業務と言えば病院や携帯電話ショップのカウンターが挙げられますが、こうした場所は多くの場合作業スペースが狭く、ただでさえ大きなスキャナーがずっと机の一角を占拠している現状があったんです。実際、お客さまからも「もっと小さいものがあればいいよね」というお声もいただいており、そこで考えたのが「引き出しに入るスキャナー」でした。

――ちょうど引き出しの中に収まるジャストサイズですね。小さいものって何かと魅力的ですし、この「DS-360W」もいろいろな現場で活躍しそうです。

一志さん(以下:一志):想定する利用シーンとしては、基本的にはカウンターでの書類スキャンを想定していますが、例えば自宅を仕事場にされている方が使ったり、保険の営業の方が出先で書類をスキャンするために携帯したりと、場所を選ばず活用していただけると思っています。また、ご家庭でも家計簿をつけるためにレシートを取り込んだり、お子さんのテストや学級通信をデータとして保存するといった使い方も提案したいですね。

――しかし、ここまで小型化するには苦労されたことも多かったのでは?

木村:それはこの「DS-360W」の完成まで一番苦労した開発担当の永井が存分に語ってくれると思いますよ!

2ミリの妥協も許さない

「引き出しに入らなければ意味がない」と力説する木村さん。
手前の黄色のボディは発売の1年半前に作られたプロトタイプのもの。

――では早速開発の奮闘話をお聞きしたいのですが、そもそもこの「DS-360W」の企画が立ち上がったのはいつ頃だったのでしょうか?

永井さん(以下:永井):発売の2年ほど前ですね。当初はバッテリーが別体となっていて、据え置きではなく外に持ち出す際にはオプションのバッテリーをつけるモデルだったんです。

木村:そのタイプで開発チームに設計をしてもらったんですが、ここで問題が。引き出しに入れると2ミリくらいはみ出て入らなかったんです。

――入らないなら仕方ありませんから、例えば一番下のもう少し高さのある引き出しに入れてしまえばいい気もしますが……。

木村:いいえ、それじゃダメなんです。お客さまの利用環境を見ていると、座った状態でストレスなく取り出せる横の引き出しに入ることに意味があると確信していました。これだけは絶対に譲れなかったので、開発チームにはまた一から図面を設計し直してもらったんです。

永井:この時点で、設計から何からすべて一度ゼロに戻りました。それから半年ほどかけて、今の「DS-360W」のプロトタイプが完成したんです。企画側からの要望を受けて、底面につけるすべり止めのゴム素材まで一つひとつ選定して、ようやくこの高さに収まりました。

左が一般的なスキャナー、右が「DS-360W」の通紙経路のイメージ図

――高さを抑えるために技術的に難しかった点はありますか?

永井:スキャンをするためには、紙面の情報をデータとして読み取る場所を通紙経路に設置する必要があります。一般的な大きなスキャナーは通紙経路が一直線なのですが、「DS-360W」は経路を途中で曲げることで高さを抑えているんです。しかし、単に「途中で曲げる」と言っても、屈折箇所で用紙が引っかかってしまいますし、そう上手く読み取り基板も配置できません。問題をすべて解決するために、経路の屈折角度は何度も何度も測り直しました。

木村:小数点以下何度、の世界でしたね。

2度も「ふりだし」に戻った「DS-360W」

――小さなボディでありながらも性能の高さを両立させているのが「DS-360W」の魅力かと思います。特に1分間に25枚という読み取り速度は、カウンター業務などの現場でも重宝されそうですよね。

一志:読み取り速度はこのクラスでは最速を狙っていましたから、当初から速度については開発担当に口うるさく言っていました。結局プロトタイプで希望の速度でスキャンをできるところまで持っていくことができたのですが……。

木村:次はスキャンをする時に鳴る音がうるさい、と(笑)

ボディの大きさ、読み取り速度をクリアしても、次なる課題は「音」。動力源となる二つのギア(画像手前)が大きな音を鳴らす原因だった。

永井:そしてまたも設計がゼロに戻ってしまったんです(苦笑)。これだけの速さでスキャンするためにはローラーを高速で動かす必要があります。ローラーの動力源になるエンジン部分はギアとギアが噛み合って回る仕組みになっているんですが、ここを高速で回転させる以上、ギア同士がぶつかる音がどうしても大きくなってしまう。また、ギアから出た振動が筐体を振動させるので、太鼓の原理のようにボディ内で空振してさらに音が大きくなってしまうんです。

木村:振動を抑えるための金具はあるのですが、部品を足すとボディのサイズが大きくなってしまいますし、僕らはコストとも闘わないといけません。希望の形状のギアを生産できる海外の工場を探しながら、静音性、コスト、サイズ感のすべてを実現させるために奔走しました。

一志:「音」問題でダメ出しをしたのが2015年の8月頃で、解決までにかかった期間は……。

永井:4ヶ月くらいでしたね。音以外の部分のブラッシュアップもしながら、この期間は環境測定室といって無音の部屋に閉じこもって、ひたすらスキャン音の測定をし続けていました。

――お聞きしているだけで気が遠くなるような作業ですね……。

それでもセイコーエプソンがものづくりを妥協しない理由

ボディにはカードスキャン専用の口がついており、手前からカードを入れると内部でスキャンし、ATMのようにまた手前にカードが出てくる仕組みになっている。

――他にも、カードスキャンの方法が従来の製品と大きく違うように見えます。

永井:これもこだわりが詰まっています。製造都合を優先させれば、本当は手前からカードを入れて、ボディの向こう側からカードを出す方が設計しやすいんです。ですが、実際にお客さまが利用されるとなると、ボディの裏側からカードが出てくるのは非常に不便ですから、このように再び手前にカードが出てくるようにしました。

木村:読み込んだカードが出てくる速度も、速すぎるとお客さまの大切なカードが飛び出てきてしまうことになりますから、これは大変失礼ですよね。ですから優しく、ゆっくりと出てくるように設計しているんです。

――この小さなボディにカードスキャン口も作るとなると、設計は大変複雑なものになりそうです。

木村:企画側と設計側での攻防戦はあったんですよ。こちらを立てれば、こちらが立たず、というケースはいくつもありましたし、両者の間に入って板ばさみになった永井は相当苦労したと思います(笑)

永井:けれど、私たちはスキャナーを作っているだけの会社ではありませんから、例えばプリンターの開発者にアイディアを聞いたりと、会社の力を集結させて完成まで持って行きました。

一志:それができるのが、セイコーエプソンの企業体質でもあるんです。それに、実際に使うのは私たちではなくお客さまですから、どんなに設計の段階でつまずいても、皆「お客さまに気持ちよく使ってもらう製品をつくる」ことをゴールにしているので、一切の妥協がないんです。

――お三方のスキャナーに対する情熱が伝わってきます。

木村:読み取り速度や静音性、そして機能面においても申し分ありません。100人以上が手をかけて完成した製品なので、きっと手に取っていただいた時に「こんなスキャナーが欲しかった」と思っていただけると思います。

――一志さん、木村さん、永井さん、ありがとうございました。

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