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猪俣肇「something-invisible」

会期:2017年8月17日(木)~9月7日(木)

猪俣肇の写真は、“普通ならそうは見ない”という独自な視点やアングルばかりだ。それが薄暗いプリントによっていっそう不確かなものに見える。猪俣は「撮るときは何も考えない」と言う。自分の心境や状況が写真に反映されるのは自然なことだし、その感覚を大事にしたいのだそう。彼にとって写真とは、何の手段なのだろう。

©Hajime Inomata

Interview インタビューコメント

「2003年にデジタル一眼レフを買ってみたのをきっかけに、写真を始めました。でも、始めて3~4年経つと何でもある程度きれいに撮れることがわかって、落ち着いちゃったんですよ ね。きれいに撮れて納得しておしまい、って。そのあと、ちょっと腕試しをしたくなりました。2008年にリコーのGR DIGITAL2を買い、メーカーが主催するいくつかのワークショップに飛び込みました。さまざまな人と交流していく中で、写真がとても深いものだと気付きました。自分の中の写真の概念をもう一度組み立てないといけない、と感じたんです。それからは、さまざまな展示を見て回るようになり、ロラン・バルトやスーザン・ソンタグの本も読みました。 カメラ誌の月例コンテストやグループ展、個展にも挑戦し、この10年は写真にどっぷり浸かっています。

今、写真というメディアはとても身近なものになりました。表現の手段となりうる条件がようやく整ったと思います。でも、実際に写真で 何かを表現するというのは、とても難しいですよね。一枚がもつ情報量も多いし、受け取り方にルールもない……そこが面白さなんですけど。でも将来、写真は表現手段として、より使いやすいものになっていくんじゃないかと。ただ、「文字」という表現手段が確立して、広く一般の人に浸透するのに数千年かかったことを考えると、写真が表現手段として浸透するには、想像を超えるほど長い時間がかかると思うのです。だからこそ僕は、特別な場所や有名な何かを撮るのではなく、身の回りのものを自分の視点で撮る。そういう撮り方こそ、表現としての写真の強み、写真のプリミティブな特徴をより明確にしてくれるのではないかと考えています。
すべての人にそれぞれの人生があり、同じものはないですよね。だったら、僕の人生にも、ほかの人にとって興味深いものが少しはあるはず。
そんなことを思って、撮りためた写真を構成したのが今回の作品です。
展示については、『この空間だったらこれしかない!』というものをつくり上げたいと思います。データでは伝わらない写真の強さ、紙やプ リントの大きさを含めて“リアルな写真”を、ぜひ体感していただきたいです」


©Hajime Inomata

スポットライト選考理由

●対象をあるがままに見るのではなくて、自分が見たいように見ている。作品全体としては視点や世界観にばらつきがある部分もあるが、心に残る作品だ。(小高美穂)

●応募票に自ら「自己表現」と書きながら、その言葉の透明性を疑うような感じを受ける。そこがちょっと不思議で惹かれた。(北島敬三)

※選評の全文はウェブサイトに掲載しています。

猪俣肇氏

猪俣 肇 Hajime Inomata

1975年、神奈川県生まれ。2001年、横浜国立大学大学院工学研究科博士課程前期修了。2003年より独学で写真に取り組む。主な写真展に「消えない残響:a case of Manhattan」(2013年/キヤノンギャラリー銀座・福岡・梅田・名古屋)、「あの日から今日、今日からあの日へ」(2015年/リコーイメージングスクエア新宿)がある。
http://www.hajimeinomata.com