epSITE

展覧会情報

展覧会連動企画レポート

元田敬三×小林美香Gallery talk「Sunday Harajukuにいたるまで」 2013年7月13日、元田敬三写真展「Sunday Harajuku」の開催に合わせトークショーが行われました。
その模様をお伝えします。
トークゲスト: 元田敬三(写真家)
進行: 小林美香(写真研究者)
元田さん手作りのブック

元田敬三氏は1990年代後半からストリートスナップを撮り続けてきた写真家です。
元田氏が写真を志すきっかけから、今回の展覧会にいたるまでの軌跡を、過去の活動の記録資料を交えて語っていただきました。

大阪ビジュアルアーツ専門学校時代~準太陽賞受賞

小林:
写真に取り組むようになったきっかけはどのようなものだったのでしょうか?大阪で大学に通われていたそうですが。
元田:
写真を始める前は部活とかやっていて、桃山学院大学の経済学部に在籍していたのですが、大学卒業する間近になって写真をやり始めたんです。就職活動をしていてかなり充実感もあったんですよ。でも、就職が決まりだす夏頃になって、「来年から毎日会社に通わないといけないんだ。」と思った時に、「どうやって逃げようかと(笑)」思ったんですね。そのとき初めて、自分がどういう仕事をしたいのか、自分に何ができるのだろう、と真剣に考えるようになったんです。いろいろと選択肢を考えていたときに、NHKのドラマで「シリーズ街角」というのがあって、カメラマンが主人公で出てきて、それを見て簡単そうだし自分にもできるかも、と思ったのがきっかけです。たまたま家にあったカメラを説明書を見ながら操作してみたら、凄くおもしろかったんですね。
小林:
大学卒業後に、大阪ビジュアルアーツ専門学校に入学されたんですよね。
元田:
大学を卒業して、アルバイトしながら写真を一年間独学したんですよ。その後専門学校に入学しました。写真を撮るようになって出会った人たちや、専門学校で出会った先生たち、阿部淳さんや当時校長先生だった百々俊二さん、中川貴司さんにそれまでの自分の価値観を変えられたような、強烈で濃密な体験だったですね。僕は小さい頃に両親が離婚して、父が亡くなっているので、父親探しみたいなところもあったかもしれませんね。専門学校の先生たちは、就職活動で会った会社員の人とは違って、ハットを被ってアロハシャツみたいな出で立ちで、写真家という生き物を初めて目の当たりにして、僕もこういう大人になりたい、と思ったんですよ。
小林:
専門学校に入ってすぐに、1996年に平凡社の雑誌『太陽』が主催していたドキュメンタリー系の写真の賞で、第33回準太陽賞を受賞されたんですね。
元田:
学校に入ったばっかりだったので、応募するのも周りに言えないぐらい気が引けていたんですが、審査員が荒木経惟さんと高梨豊さんだったんですね。一次審査を通ったら見てもらえると知って応募しました。忘れた頃に、家の留守電に受賞の通知が入っていて、それを聴いたときは信じられなくて友達の悪戯だと思ったんですけどね。授賞式にも何を着ていったらいいのかわからなくて、シャツにネクタイを締めて、真面目そうに見えたらナメられるんじゃないかと思って上に革ジャンを着ていきました(笑)。授賞式で、沢山の写真関係者の方にお会いして、日本の写真界の入り口に立ったような気がしましたね。卒業したら東京に行こう、とこの時点で決めていました。
1996年 第33回準太陽賞受賞
小林:
東京へ行く経緯はどんな感じでしたか?
元田:
当時、ガーディアン・ガーデンの写真の賞もいただいて、その流れで大阪新聞の誌面で、「路上でこんな人に会いました」という感じで写真と文章の連載をするような仕事をもらっていたりしました。あと、東京のビジュアルアーツ専門学校の当時の校長先生にお願いして、講師として雇ってもらい、今も続けています。

自主ギャラリーの運営/写真集出版

小林:
東京では、展示の活動や自主ギャラリーの運営にも関わっていっていますね。
元田:
2001年頃、写真家の北島敬三さんと親しくしていて、ほとんど毎晩呑みにいってたんですよ。北島さんが当時東京造形大学で教鞭をとっていて、その大学の在校生や卒業生、僕の教えていた学校の卒業生も一緒に自主ギャラリーを作らないか、と声をかけられたのがきっかけで、新宿二丁目でphotographers’ galleryを作ったんです。
小林:
これまでに作られてきた写真集や展示についてお話いただけますか。まず2001年に『青い水』という写真集を作られていますね。
元田:
この写真集は、北島さんと毎晩呑んでいた頃に撮った写真ですね。四分の一ぐらいは大阪で撮っていて、ほかは東京の写真です。子どもの頃から、街を自転車でぶらぶらするのが好きだったんですが、それに近い感じで、カメラ持っては街で写真を撮っていました。当時僕は写真展をすることには興味があったのですが、写真集を作るという考えはまったくなかったんです。その時に写真集の出版を手がけている蒼穹舎の太田さんから「ワイズ出版」というところから写真集を出さないか、とお声がけいただいたんです。その時は断ったんですが、その後森山大道さんに「元田君は写真集を作らないの?」と訊かれて、「僕写真集には興味がないんです」と応えたら、「写真家は写真集を作らないと駄目じゃないか」と怒られたので、その後すぐに太田さんに電話して「写真集作ります」って言ったんです。
小林:
今までの経緯を伺っていると、元田さんは周りの人にいろいろと決められていっている感じがしますよね。もちろん、ご自身で判断して行動していると思うのですが、後で経緯を聞くと、周りに引きずられていっているというか。
元田:
そうなんですよね。写真が僕をいろんなところに連れて行ってくれるんですよ。
小林:
あと、元田さんの写真を通して見て受ける印象は「おさまりきらない」という感覚なんですよね。街の中で人を撮り続けるうちに、「こんな人をこんな風に撮ろう」というような枠を設定して撮ろうとする人の方が多いのではないかと思いますが、元田さんはそういう方向に行かない感じですね。ポートレートにも、街の風景にもどちらにも収まらない、というか。
元田:
大きい方がインパクトがあるじゃないですか。写真展の会場に足を踏み入れたときに「うわっ」と思わせたら勝ち、と考えていたところもありますね(笑)。フレームに入れて収まりよくしようとするよりも、大きさによる迫力を求めていたところはありますね。東京での写真は、夜撮っているものがおおいですね。東京って夜になると街の表情がガラッと変わりますし、そこでストロボを焚いて6×7のカメラで撮ると、人や背景の質感が強く出てくるので、それがおもしろいなと思って撮っていた頃もあります。大阪で撮った写真をまとめて『SNAP OSAKA』という写真集も作っていますが、昼撮った写真が多いですね。

左:2002 個展「SNAP」(photographers’ gallery/東京)/右:写真集

小林:
『STREET PHOTOGRAPHS』は、『SUNDAY HARAJUKU』に内容的に近づいてくる感じですが、どこで撮影されたものなのでしょうか?
元田:
これは、2004年に仕事で名古屋に行った時に、栄という繁華街で、地下から地上に上がる階段で地上に上がったら、いきなりロックンロールが大音量でかかって、噴水のある広場で革ジャンを着たローラーの人たちが数人一心不乱に踊っていたんですよ、まわりに誰もいないのに。それで、その中の一人に頼んで写真を撮らせてもらったんですよ。その後、また名古屋に行った時にプリントを持って行ってあげたら喜んでくれて、「原宿にもローラーいるだろう」と言われて、原宿に行くようになったんですよね。彼らとも仲良くなって、呑みにいったり、子どもの出産祝いをもらったり、結婚式の写真を撮らされたり、といった付き合いが続いています。名古屋で会ったローラーの人たちを撮った写真は、横浜のBankARTで開催した展覧会で展示しました。

会場の様子

『Sunday Harajuku』展開催まで

小林:

私は、写真集『Sunday Harajuku』を拝見したのは、昨年のTokyo Art Book FairとTokyo Photoの時で、写真集のレーベルを主宰するホウキヤスノリさんのブースで写真集の赤いスリーブに目が釘付けになったんですよ。この写真集を見たときから、展覧会を企画したいと思いました。

写真集『Sunday Harajuku』
元田:
さきほど、僕は写真集にあまり興味がなかったと言いましたけれど、ローラーの人たちを撮りだしたころから、踊る人だけじゃなくて、周りの通行人や見ている人もおもしろいと感じだして、ワイドラックスというパノラマカメラを使い始めた頃から、この写真は本にしたいな、と思っていたんです。2005年から撮り始めて5年経ったときに、撮影場所の代々木公園が改装工事されて、アスファルトの地面がタイル貼りになって、まったく変わってしまったので、撮影はやめました。その後写真集にしたいなと思って、出版社に見せに行ったりしていのですが、なかなか決まらないころに、ホウキさんにお声がけいただきました。ホウキさんは、写真を見たときにすぐに写真集のイメージができたらしくて、原耕一さんにデザインをお願いして制作することになりました。
小林:
この写真集は、スリーブのデザインも魅力的なのですが、写真集のページの表面がぐにゃっと曲がるような感じが独特ですよね。ワイドラックスの画面の歪みとシンクロするような不思議な空間効果もありますね。写真集では、ページが綴じられていて、写真が左右に組み合わせられているような形ですが、これを一回解体して、違う形で展示したらどうなんだろう、おもしろいんじゃないか、と思って今年の2月頃に元田さんに展覧会の企画を提案したんですよね。
元田:
実際に小林さんに会ってお話を伺った時に、「写真を大きく伸ばしてつなげたい」という提案をしてもらったんですが、それも何か確信があるんだろうな、と思いました。自分ではこの写真は大四つ切りの印画紙でしかプリントしたことがなかったんですよね。展覧会の準備の過程で、大きなプリントを制作する中で、それまで自分でも気づいていなかったことが見えてくるんです。こんなに背景に人が沢山いるんだ、とか人が笑っているんだ、とか。踊っている人だけじゃなくて、見ているひとも結構熱狂している、っていうことに気づいたんですよね。35ミリフィルムの二コマ分が横につながったパノラマ画面なのですが、こんな小さな画面の中に、これだけ多くの情報が詰まっていたのか、とびっくりさせられましたね。
小林:
テストプリントの制作、校正の段階が毎回発見の連続でしたね。フィルムからスキャンするか、プリントからスキャンするか、ということで最初はフィルムとプリントの両方でスキャンしてもらいましたが、結果的にフィルムからスキャンすることになりましたよね。
元田:
僕は、自分でプリントを制作して焼き込みを操作したりするから、絶対プリントからスキャンするものだと思っていたのですが、両方試してみたら、ネガスキャンの方が遥かに解像度が高かったですね。
小林:
ギャラリーの外の白い壁には、フレスコジクレーという用紙で出力した小さいプリントが展示していますが、このフレスコジクレーとの出会いも大きな意味がありましたよね。
元田:
素材に漆喰を使っている紙で、独特の湿度と触感があって、今まで見たことがない感じでしたね。最近は使える印画紙のバリエーションがどんどん減っているんですが、こういう形で新しい紙に出会えたのは本当によかったです。
小林:
プリント制作に何度か校正を繰り返しましたが、その都度の発見がありましたね。自分で暗室作業されるのとはずいぶん違う制作過程だったと思いますが。
元田:
毎回プリントの制作に際して、色味やコントラストの調整に工夫していただいたので、出力でのプリントの制作過程が理解できるようになりました。人に指示を出して制作してもらう、というのは生まれて初めてだったので、自分は見ているだけで何もしていないというか、実感がなくて、搬入の日に会場に来たら写真があるというのが不思議でしょうがなかったです。
小林:
ギャラリーの外に展示したフレスコジクレーのプリントでは、ローラーの人たちのリーゼントや革ジャンの光沢が、プリントの濃度やコントラストを決める手がかりになりましたね。
元田:
そうですね、凄くよくでていますね。リーゼントのエッジとかバイクの金属の光沢とかね。
小林:
出来上がったプリントを展示することで、ギャラリーの中に広場の空間が立ち上がったような感じですね。
元田:
つい先ほど、ローラーの方が一人展覧会を見に来てくださったんですが、「本当に原宿にいるみたいだね、こんな感じだよね」と言われて凄く嬉しかったですね。場の臨場感がそのまま伝わっているということなので。
小林:
準備段階では予測していなかったのですが、ギャラリーの角で、写真がつながるところで、写真に写っている木立や茂み、路面がつながるような効果も生まれましたね。写真にとらえられている空間は、人が集まる広場でもあり、また人が通過する道路の一部でもあるような空間でもあるので、その空間の中での人の流れや広がりが混在して立ち上がるのがおもしろいですね。会場の中を歩いて見るとの、座って見るのとでまた見え方も違ってきます。
元田:
この写真展は、原宿のローラーの人たちを撮ったドキュメンタリーでもあるのですが、こうやって展示してみると、そういう意味合いみたいなことよりも、まさしくその場所の写真としての強さが出ていると思います。撮影していた5年間は、毎週末仕事を休んでも原宿に行って写真を撮りたいと思っていたくらい彼らに夢中で、日曜日の天気が毎週気になるような日々でしたね。ローラーの人たちそれぞれの人生があって、平日は別々の仕事や生活があるわけで、それぞれのお話を聞くのも楽しかったですね。

会場の様子2

「写真の隅々までぜひご覧ください」という言葉でトークは終了しました。元田敬三氏の活動の軌跡をたどる興味深いお話に盛大な拍手が沸きあがりました。