セミナーレポート

NEW PHOTO FORUM 2011 セミナーレポート

大西みつぐセミナー

「かけがえのないアルバムのために」

大阪で開催されたエプソンニューフォトフォーラムの前日、東日本大震災がありました。私は撮影会で長崎に到着したばかりでした。あの震災を経験し、いつもなら技術的な話をするのですが、今回このセミナーを担当するにあたって、みなさんに何を話せばいいのか白紙から考え直しました。それがこの「かけがえのないアルバムのために」というタイトルです。

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1. 思い出を戻す

東日本大震災の被災地で

日本社会情報学会災害情報支援チーム
思い出サルベージプロジェクトの活動より
撮影 尾田信介

これは宮城県山元町で行なわれている、被災されたみなさんの写真アルバムを洗浄する作業が写されたものです。私の写真学校の卒業生のひとりが、多くのボランティアのひとりとして参加し報告してくれた記録です。

被災されたみなさんの集積されたアルバムは、一枚づつ写真についた泥などの汚れを丁寧に落とした後、洗濯バサミに挟んで吊るし、こうして乾燥しているのですね。写真が乾いたら分類をし、デジタルカメラでも複写をしているようです。分類が済んだらそれぞれ地区ごとのカゴに入れて地元のみなさんが探しやすいように工夫されているとのことです。
アルバムって増えていく一方です。私たちはたまにページをめくって、部屋の奥にしまってきたものですが、今回の大震災で家族のアルバムが大きな意味を持ちました。
被災地の方々のようにアルバムを失い、個人の記憶がなくなってしまうのは本当に大変なこと。みなさんも家に眠っているアルバムをぜひ見直してみてください。そこに詰まっている思い出は、やがて個人から離れ、時代の大きな流れにつながっていくものです。

飛騨野数右衛門さん

個人の思い出が、時代の大きな流れにつながる例を紹介しましょう。北海道の旭川にほど近いところに東川町という街があります。ここでは毎年、全国から勝ち抜いてきた高校生たちが、数日間ここで撮影して発表するという「写真甲子園」が開催されています。ですから、この街は写真で大変有名になりました。
そんな街の役場にその昔、勤めていたのが飛騨野数右衛門さんという方。大変古風なお名前ですが、14歳でカメラを買い与えてもらって以来、写真ファンとなりました。この飛騨野さんがすごいのは、コンテストには目もくれず、もくもくとこの東川を撮り続けたことです。「弁当箱とカメラを忘れたことがない」というように、毎日役場にカメラを持参されていたそうです。戦争中も密かにカメラを忍ばせ、日本に帰る前日にどんぶりで現像していたというくらい写真好きだったそうです。

さきほどの被災地のアルバムに詰まった個の思いと、飛騨野さんの個の思い。それが時代を経て改めて今見ますと、我々も共有できる普遍的な思いになっているように思えます。みなさんも自分のアルバムを見ているようなイメージが浮かんでいませんか?きっと似たような写真がお手元にもあるはずです。それは記念写真の原点であり、父や母の愛情、写真への情熱がそこにあるのです。

遠い夏

さて、私の場合についてお話したいと思います。
私は1994年に「遠い夏」という作品で木村伊兵衛写真賞をいただきました。カラーの作品です。35mmのポジフィルムで撮りました。カメラは水中カメラのニコノスや、ミノルタのレンジファインダーのカメラでした。

この写真は飛騨野さんと同じく北海道の風景です。妻が札幌出身で毎年帰省していました。数年前の台風でこの牛舎がなくなってしまったのですが、サイロはまだあります。そこに立っているのが私の娘です。毎年ここで撮り続けるつもりでしたが、途中で忘れてしまいました。このへんが私の記念写真の未熟なところです。でも、顔は見えていなくても何か優しい感じはでています。

この「遠い夏」というスナップ写真の数々。8~9月に撮影した私の写真日記のようなもので、時折妻と子どもが出演しています。これは80年代に流行っていた迷路です。迷路の中に入って行く妻や娘の後ろ姿を見ていると、ふとこの一瞬は帰ってこないと思いました。当たり前のことなんですけど、永遠といいますか。写真はシャッターを切ったそばから過去になっていきます。たぶん当時、そんなことを考えながら「この夏はやがて遠い夏になるだろう」と思ってまして、撮影しながらタイトルを付けていました。このスナップ集をアサヒカメラに発表していまして、これが木村伊兵衛写真賞になりました。

さきほどどなたかが「大西さんの写真は大したことないんだけど、なかなか撮れない」とおっしゃっていました。いや、撮れます。そういう偶然に出くわすかどうかだけだと思いますね。瞬間にシャッターを切る。
僕は決定的瞬間とは一つだけではないと思っています。持続した時間の中でイメージがどんどん流れ去り、それを捕まえようという機会がたくさんあるんです。その人にとっての決定的瞬間と、私の瞬間はずれていても構わないんじゃないでしょうか?

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2. 日々を写す

それでは私が最近どんな写真を撮っているかをお見せします。私の自宅近所の写真です。「日々を写す」というタイトルをつけました。
私は東京の湾岸にあたる江戸川区に住んでいます。ここに引っ越すようになってから虫などの小さなものを撮るようになりました。“鼻先の視線”に感動しています。

ピンホールカメラを使うこともあります。長時間露光している間、風のそよぎを感じたりして、身体ごとその風景に包まれているような感じを受けます。その感覚こそ写真の醍醐味だと思います。

3月11日の震災を契機に、東京湾岸の風景の見え方が何か微妙に変わってきているように感じています。特に東京ディズニーランドの駅前などは大きな被害を受けました。やがて春を迎え、束の間の安堵こそあれ原発の不安とともに湾岸での時間の流れは、これまで以上に自身の身体に関わっていることに気づきました。時間の経過も、やはり自分の“アルバム”ではないかと思っています。

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