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岩合光昭写真展 「地球の呼吸 生命(いのち)の連鎖」

会期
2003年10月29日(水)~12月14日(日)

世界地図を開き、野生の鳥や魚や動物たちが棲息するさまざまな土地を訪れることから始まる撮影を通し、岩合氏は自然の摂理と食物連鎖の実態をつぶさにファインダーにおさめていきました。そのような動物たちが動物たちとしてあるがままふるまう姿を写真にとどめようとする行為は、同時にヒトという動物としてのあるべき姿を自らに問いかけつづけることでもありました。

常に予想しがたく変わりつづける厳しい条件下にあって、自然の懐に奥深く入り込む体力、知力に恵まれた岩合氏。氏があみ出した環境と一体化して生まれる独自の撮影技術は、自然光の変化に鋭敏に反応することで得られる深いコントラストと色彩で海外からIwago's Colorと称賛を受けるようになります。

日本人、あるいは、動物写真家などという領域を超越するおおらかな感性とすぐれたバランス感覚がつくりだす写真群にとどめられている像は、悠久の時間と、ただひたむきに「在る」動物たちの自然な表情であり、与えられた生命の不思議と素晴らしさを実感せずにはいられません。

Mr. Iwago's photography began with his open an atlas and visiting places inhabited by all manner of wild birds, fish, and fauna. From there, he went on to capture in minute detail the richness of nature and its food chain. In his attempt to capture animals just being themselves, he also succeeded in posing to himself a series of questions about the modus vivendi appropriate to the human animal.
Under harsh and unpredictably ever-changing conditions, Mr. Iwago exhibited both physical strength and wisdom as he made his way deep into nature's bosom. The photographic techniques he devised, born out of a oneness with nature, led to a keen response to changes in natural lighting. This response yielded deep contrasts and hues such that they are nicknamed "Iwago's color" outside of Japan.
With a generosity of spirit that transcends being merely a Japanese or an animal photographer, and an acute sense of balance, the images captured in Mr. Iwago's collection of photographs convey the natural expressions of these honestly living animals, and impart a true feeling of the wonder and glory of the life given to animal and man, alike.

会場の様子

会場には、様々な動物たちの躍動的で、あるがままふるまう姿を写し撮った作品がエプサイトならではの趣向をこらした空間に掲示されています。 また、今回も作品制作プロセスを解りやすく紹介したコーナーを設けております。

江成常夫写真展 「原色(RGB)の夢」

会期
2003年9月3日(水)~10月26日(日)

社会的なテーマを長きに渡り追い続けた社会派の写真家として活躍してきた江成常夫氏が3年半前の大手術を経験したことをきっかけに、死の世界をまさぐりながら現在を生き、自らをメタファーとしてとらえようとした写真家魂や、作家としての表現への渇望で満たされた作品72点を展示しています。見るもののに、生への洞察と探求心の賜物である事を感じさせる、奥行きの深い作品群をご覧頂きます。

三年半が過ぎている。私には死と隣り合わせの宣告だった。

煩悩に盲目になるうち、右脇腹にできた腫物が、細胞の異常増殖とわかったからである。音も色もない涅槃のようななかで手術は行われた。それだけではおさまらず、治療を受けるうち「鬱」というブラックホールのような異世界へ追い込まれた。此岸と彼岸を行き来するような閉塞された日々が続いた。

ひとり写真の道を歩いて三十年近く、私は憑かれたように"負の昭和"に引き込まれてきた。進行する時の規範は経てきた時間軸に委ねられている。幾千万の人命を犠牲にしてきたその時代を見据えることは、日本人の精神性と同じ時を生きてきた自分への問いでもある。病魔はその間に侵食していた。

私はそれまで、生の対岸にある死を概念としてわかっていても、実感として受け止めたことはなかった。けれど、肉体にメスが入ってからは、今ある時間と彼岸は絶えず同じ意識のなかにある。庭先の季節の移ろいに目を向けるようになるのは、治療を終えて一年近くが経ってからである。

重ねてきた仕事の文脈からすれば、足元にあるモノを写真に留めることに、どれほどの意味があるのか――はっきりした所以は持ち合わせていない。ただ言えることはモノと向かい合うことで閉ざされた時間から解かれてきたことは確かである。と言うより何かに目を向け心を無にすることで、どうしようもない閉塞感から刹那でも逃がれようと努めてきたところがある。重ねてきた曖昧模糊とした形象は、今ある生の暗喩とでも言えるのかもしれない。

江成常夫

生(死)というのは死(生)にひたすら向かっていくもの、常に両者は隣り合わせに在って、曖昧な境界を人はいつも行き交っているのではないか。そして、それが意識化されているかどうかにかかわらず、われわれはこの写真のような世界にすでに出会っているのではないか。すべて作品は、写真のようであり絵画のようであり、現実のようであり虚構のようであり、美しくもあり懐かしくもあり畏怖を感じさせもします……このような一見対極と見える事柄が実はすべて一体化した何ものかであり、常に身の回りにひそんでいる身近な存在である様を教えてくれるのです。

死を内在させているのが生であり、未来と過去を行きつ戻りつするものであるということを語りかけながらも、死の世界をまさぐりながら現在を生き自らをメタファーとしてとらえようとした江成氏の写真家魂や、作家としての表現への渇望で満たされたこれらの写真は、生への洞察と探究心の賜物であることを感じさせる、奥行の深い作品です。

6×6のポジフィルムに定着された心象風景ともいうべきイマジネーション豊かな世界であり、突然の病により徐々に変化を遂げていった人生観を幻想のように映し出しています。形あるものを被写体としてとらえながら、描きだされているのは抽象画のような心模様であり、一点一点に、切なく美しい白昼夢のような情景が拡がっています。

作家が作品に奥深く塗り込めたものを引き出すために、フィルムに定着されたイメージのデジタル化=粒子化→組み換え(レタッチ)を通過するプリント過程において、現実を適度にデフォルメし核芯を提示しようとする試みが行われました。エプソン・プリンターの特長のひとつである色域と彩度の高低幅の広さを生かし、コントラストやシャープなどの数値的かけ合わせで、写真に自然な絵画的要素を加えました。

精神世界のとめどない拡がりと機械のそなえる具体化機能が、いかに、単なる調和や融合を超えた新しい表現を構築できるのか、という非常に難しいテーマを掲げ、デジタルフォトの多彩な可能性を提示します。

会場の様子

こころの内面を表現した作品を観覧する人を、つつみこむようなコクーン的スペースで構成された会場。

会場の一角に、江成氏とデジタル処理担当のオペレータが
今回の展示作品づくりに共同で取り組んできた様子をご紹介するコーナーを設置しました。

会場でスタッフの説明を熱心に聞く江成氏
制作ノウハウの詰まったフォトブック

内山英明写真展 「JAPAN UNDERGROUND II」

会期
2003年7月9日(水)~8月31日(日)

日本の地下には、自然のつくりあげた空洞に加えて、トンネル、幹線道路、研究所、放水路、貯水タンク、鉱山跡、海底駅などの人工的な施設が、数多く、存在している。さまざまなデザインや形状をもたらされたこれらの地下施設は、日々鼓動を繰り返す内臓のように秘められた役割を担い、管状にのびる通路はあたかもそれらを繋ぐ器官のごとく、われわれの日常生活にも少なからず影響を与えている。

これらのさまざまな地下施設を、不可思議で神秘的な存在としてとらえ、強く惹かれたシュールレアリズム的な表現世界との共通性を追い求めて、撮影を続けてきた写真家が、内山英明氏である。約7年をかけて、国内に存在している数十か所の地下施設を記録、2000年に写真集『JAPAN UNDERGROUND』を上梓した。その後3年間に撮り足された写真が、今回の展覧会を構成する作品群のよりどころとなった写真集『JAPAN UNDERGROUND II』として、本年に発表されている。

これら2冊の写真集をひも解くとき、最初に読者が驚くのは、おそらく、自分たちの足下奥深くにつくりあげられていた施設数の多さではないだろうか。撮影許可を申請し回答を得るまでに費やされた永い待ち時間に比べると、限られたごくわずかな時間のなかで行われる撮影。特殊な空間であるために、持ち込める機材にも限界があり、当然ながら十分ではない光量を補うために長時間露光などの方法が選択された。

建造物の地下部分として認可されている深度25メートルよりさらに奥深く、地上の施設に強い影響を与えあわないことを配慮し設定された40メートル以下の場所は「大深度地下」と呼ばれ、誰の権利にも属さないとされている。しだいに拡張している未知の地下世界を、『JAPAN UNDERGROUND』シリーズは、地上と地下のはざまから、かいま見せてくれる。それぞれの目的や用途に対してストレートに構築されている色彩や形状は、ある意味では、現代文明のひとつの側面を顕著に象徴しているようですらある。地球にくりぬかれた異形の空間の存在は、その美しさゆえに、観る者に複雑な思いを想起させるのではないだろうか。

約60点で構成される本展の創出するイメージの領域は、インクジェットプリンター特有の色域の拡がりを得て、さらにエプサイトならではの空間を構成しながら未来都市のイメージを彷彿とさせる。

■内山英明 Hideaki Uchiyama
1949年、静岡県菊川町生まれ。現在、神奈川県在住 76年から約10年をかけて、放浪芸に惹かれ、全国の旅役者や傀儡師を撮り続ける。85年、「迷宮都市」というテーマに導かれ、東京、アジア、欧州などを中心に撮影を始める。以後、長期にわたり都市のシュールリアリズムを探求、93年よりTOKYOの未来空間をライフワークとして取り組むなかで偶然に潜った地下施設に強く魅了される。78年から今日までニコンサロンなどを中心に写真展を多数開催。
2000年度第25回伊奈信男賞

会場の様子

正面入口は、ノーベル賞ですっかり有名になったスーパーカミオカンデ。会場内は光を抑えた黒。ドームのような閉鎖空間には日本各地に点在する地下の風景がライトに浮かび上がる。 もう一つのひらかれたスペースには、エプソンならではの大判作品が日常生活では体験し難い空間を構成し、日常生活の場の足元に広がる無意識の世界が来館者の感性を研ぎ澄ます。

作家によれば、作品づくりは地下に降り、その空間と対峙する中でイメージを膨らませ、限られた時間の中で集中することが強いられ、撮影の時から「創る」作業が始まるとのこと。今回の作品は作家のイメージを大切に膨らませ、それぞれの空間がもつ質感や空気を慎重にプリントとして定着しました。
会場に設けられたコーナーでは内山氏の撮影にとりくむ様子が映像で紹介されている。

桐島ローランド写真展 「It's only fashion (but I like it)」

会期
2003年5月21日(水)~7月6日(日)

ROWLAND KIRISHIMA

ニューヨークで写真を学んだ後、フォトグラファーとしての活動を本格的にスタートさせた桐島氏は、おもにファッション誌を作品発表の場として、時代を鏡のように映し出すモードを独自の美意識によってとらえ、透明感のある繊細な色調に満たされた写真として定着させていきました。
また、理想的な世界観を創出するために自らフィルムをスキャンしコンピュータを駆使してデジタルプリントを制作するなど、デジタル進化ともっとも近い距離にある写真家のひとりでもあります。

展示作品制作のポイント
今回の展示作品は、マスク等、より高度な制作テクニックを使ってネガからプリントしました。この詳細情報については会場にパネルとして展示してあります。
また、6月中旬には、そのテクニカル情報を掲載した「エプサイト デジタルフォト・メイキングブック」(テクニカル冊子)をご用意する予定です。ご期待ください。詳しくは、エプサイトに直接、お問合せください。

桐島ローランド

■桐島ローランド Rowland Kirishima
1968年横浜生まれ。ハイスクールの頃よりフォトグラファーとしてのキャリアをスタートさせ、ニューヨーク大学写真科を卒業後、東京に活動拠点を移す。
ファッションやポートレートを中心に、雑誌、広告、カタログ、CDジャケット、TV-CMなど多方面で活躍中。
茶道を新しい視点で捉えた写真集「宗遍風-イップクイカガ」も話題に。

展覧会場の紹介
ブティックを思わせるホワイトを基調にした会場。これまでに、ファッション誌に掲載されたビジュアル中から、29点を選び、大きくプリントアウトし展示してある。
フロア空間を仕切るメッシュの間仕切りに掲示された作品が、メッシュを通して見られる背後の作品と重なり透明感のある繊細な氏の作品を一層、際立たせている。
見学者は会場に足を踏み入れた瞬間に、あたかもファッション誌の中にいるような錯覚を覚えるのではないだろうか。……

また、会場では氏がフォトグラファーとして行っている撮影の現場を紹介したビジュアルや、今回の展示作品の制作現場での氏の様子を撮影したスライドを見ることができる。

会場の様子

前田真三・前田晃写真展 「花あわせ」

会期
2003年7月9日(水)~8月31日(日)

本展『花あわせ』では、真三・晃親子がとらえた日本の代表的な花々を、それぞれ異なる視点からお見せいたします。同じ種類の植物を、どのような環境のなかに、どの高さから、どのような焦点距離をとり、どんな光の中に、とらえたのか。2人の写真作品が、隣り合っては互いを活かし、ときには、同じ一枚のメディア上にプリントアウトされて競いあう。グラフィック的に処理された2枚の写真には、比較されることにより、新たな情報が加えられていきました。

また、赤の色域再現力を格段に進化させたエプソン・インクジェットプリンターが自然界の強烈な色をどのように表現するのか、さらに花のもつ複雑な色彩が、どのようにデジタルオペレーションされているかをご覧いただくと共に、カメラを手にする誰もが被写体としてレンズを向ける「風景」、「花」といった写真を、皆様が一般的な機材を使用して実現できるサイズの作品からエプサイトならではの迫力ある大判作品まで、様々なメディアや映像を通しお見せして参ります。

■前田真三 Shinzo Maeda
1922年東京都八王子市下恩方町に生まれる。1967年、(株)丹渓を設立、写真活動に入る。以後、風景写真の分野に新しい作風を確立する。1987年北海道美瑛町に、写真ギャラリー拓真館を開く。
日本写真協会年度賞(1984)、毎日出版文化賞(1985)等受賞。1998年逝去。

■前田晃 Akira Maeda
1954年、前田真三の長男として世田谷で生まれる。1978年早稲田大学卒業、丹渓に入社。
父の作品のディレクションを行う一方で、1993年頃より、写真家として独自の活動を開始する。

会場の様子

一つの花をテーマに真三氏、晃氏それぞれ異なる視点からその可憐な美しさを表現した『連作』。
同じ種類の花を、それぞれぞれの視点から異なる捉え方をした親子の作品を展示。
マット紙、和紙などメディアが持つ素材感の違いが創り出す作品の風合いのバラエティが鑑賞できる。

ミニギャラリー
ラボコーナーの一角に設けられたミニ・ギャラリーでは一般の方にも広くお使い頂いているエプソンのスキャナーとプリンター(GT‐9800F/PM‐4000PX)で制作された作品とDVDによる映像が鑑賞できる。
また、そこで展示されている作品づくりのノウハウも紹介されている。

  • 作品づくりの
    ノウハウ紹介コーナー。
  • 制作された作品とDVDによる映像が鑑賞できる。

大きくプリントされ改めてその美しさ、存在感を展示空間全体で感じる『桜』

石川直樹写真展 「極性に向かって -for circumpolar stars」

会期
2003年2月12日(水)~3月30日(日)

ぼくはいつも闇のなかに瞬く光を探している。
闇のなかに瞬く光。光のなかにひそむ闇。
人間は光に成りうるか?大切なのは見きわめること。
本物を見極める力。
(石川直樹『この地球(ほし)を受け継ぐ者へ』[講談社刊]より

石川直樹氏のホームページ

情報伝達の体外機能の発達が可能にしたさまざまな疑似体験は、その土地に身をゆだね、みずからの視野にとらえた事物、鼻孔に注がれる空気の匂い、人々と交わす言葉や風のざわめきなどのような、身体レベルにおける認識を超えることはできない――石川直樹氏の旅は、そういったシンプルな理念にもとづいています。

言葉と写真を媒体とする石川氏の表現に貫かれているのは、できるだけ率直に伝えられた事実が、誰かのなにかのきっかけとなるかもしれない――というストレートな思いであり、自分自身、写真家・星野道夫氏(故人)が遺したアラスカの写真に出会ったことによって、自分のなかの何かが変わったと述べています。

高校2年のインド、ネパールにおけるひとり旅。ユーコン川900kmを単独漕破。ミクロネシアで地図もコンパスも使わずに星、風、波、鳥などの様子から海を渡る伝統航海術を学ぶ。2001年5月にはエベレスト登頂に成功して、世界7大陸最高峰登頂を達成(当時世界最年少世界記録)。それらの過酷な旅の途上で、大学ノートにびっしりと書き込まれていった文章と、そして、多くの写真が残されていきました。

「写真を撮る際に、絵画の構図やデッサンの技術はひじょうに参考になる。写真はそのようなある種の芸術性がどうしても必要になると思う。たとえそれが報道写真でさえも。ロバート・キャパやセバスチャン・サルガドの写真にぼくが心を惹かれるのは、実際にその地にいるという冒険性と過酷な状況のなかでも垣間見える繊細さの両方が存在しているからだ。写真、うまくなりたい。」(同上)

本展に出品されている作品はすべて、石川氏の主要な旅のひとつであるPole to Pole 2000プロジェクトの道程において撮影された写真群から抜粋されたものです。冒険家マーティン・ウィリアムズによって提唱された本プロジェクトは、各地でさまざまな交流を行いながら北極→カナダ→北米→中米→南米→アラスカを人力のみによって走破し南極を目指すという過酷なものでした。石川氏は、世界中から各国を代表して選抜された若者7名とともに参加。2000年4月に北磁極を出発し、2001年元旦に南極点に到達しました。そして、スキー、自転車、徒歩などによって紡がれた移動の軌跡は、35ミリポジフィルムを装填した小型カメラにおさめられていきました。

しかし、瞬時に変化する厳しい自然の条件下で撮影されねばならなかったフィルムは、彼の脳に事実として記録されたイメージとの完全な調和を定着させたとはいい難く、そのため本展実現にあたっては、極地の固く氷結した起伏とその上を舞う雪粉、白夜の照りつける陽光が浮き彫りにする遠近の強いコントラスト、紫外線の直撃によって赤く膨れあがった肌……などを石川氏の記憶に忠実なプリントとして一枚一枚再現することを目指しコンピュータ上での細心の画像調整が行われました。

記録と記憶のはざまでは、経過した時間に比例して、揺らぎの幅が広がっていくことが常識です。Pole to Poleプロジェクトが終了してからすでに2年の月日が流れているにもかかわらず、われわれエプサイトのスタッフは彼のイメージに全幅の信頼をおいて作品のデジタル化に取り組みました。あるがままに物事を伝えることこそが第三者に生じるなんらかの変化をうながすきっかけとなり得るのではないか、という石川氏の信念を具現化するために、作家の身体的な記憶を、想像や疑似体験の領域の範囲内でとらえるのではなく、過去の経験値の延長線上で理解し、情報を原型に限りなく近付かせていく相互努力が行われたのです。

人間と自然が共存するとはどういうことなのか、次世代にわれわれはなにを受け渡すことができるのか。石川氏の写真と言葉は、たいへん重い問題意識を提起するものです。しかしながらその一方で、なみなみとあふれださんばかりの好奇心に満たされた若者のみずみずしい視線は、五感を解放し世界のすべてとのコミュニケーション能力を取り戻しさえすれば心身の心地よさと真の自由を得られるのではないかという希望の存在を、実に明確にわれわれに問いかけてくれるのです。

会場の様子
  • プロフィールを熱心に読む
    見学者の皆さん
  • 会場を俯瞰する。
  • 氷山の拡大された画像は
    不思議な存在感。
  • 小さな作品群だが、
    癒される空間が拡がる。
  • 様々な大きさの展示作品群。
  • ドキュメントムービーも
    見入ってしまう。
  • 仲間を撮った写真は特別な
    感情が入る。
  • 記録性を超えた画像の美しさ

北極大陸から地球を縦断し南極に至った、冒険家としての石川氏の足跡をドキュメントタッチで撮った作品の展示だが、個々の作品は、ただの記録性を超えて、観るものに迫ってくる。
写真としてのレベルの高さだけでなく、様々なサイズでプリントアウトされた作品のバリエーションが、石川氏の冒険をささやかでも追体験させてくれるからかもしれない。

35mmフィルムに収められた画像を、石川氏とプリンティングオペレーターが共同してプリントしたが、石川氏は特に空の色にこだわったという。北から南への移動で実感した空の色の変化。
氏の頭にインプットされたものを、いかに具現化させるか。
フィルムをスキャナで取り込み、小さな画像で確認し、それをあるものは大きく拡大し、プリントアウトする。 このプロセスは、決して簡単ではなかったが、試行錯誤を繰り返しながら、石川氏のこだわりの空の色に近づけたようだ。

今回の展覧会にはプロジェクターも設置され、ムービーコンテンツも紹介されている。
従来の印刷媒体だけの展示にはないイメージの拡がりも演出された。

今後のエプサイトでの展示方法の進展も予感させてくれる。

内原恭彦写真展 「Bit Photo 1999-2002」

会期
2002年12月25日(水)~2003年2月9日(日)

デジタルの探究は、表現の境界やジャンルといった既成概念を超越するきっかけとなる。それを証明して見せたのが内原恭彦であり、あくなき執着によって写真というメディアの存在の絶対的な確かさを体現して見せたのもまた、内原恭彦である。

■内原恭彦 Yasuhiko Uchihara 1965年生まれ。
今秋実施されたエプソンカラーイメージングコンテスト2002において、581点という圧倒的な質量によって構成された写真作品が大賞を受賞。実は内原は、昨年の同コンテストで、グラフィック+アート部門においてすぐれたCGによる不可思議に満ちた幻想的なイメージを提示して、入選を受賞しています。CGアーティストとしてのキャリアは永く、数々のエディトリアルデザインで表紙を飾るなどの仕事を手がけてきました。その一方で、数年前より街に飛び出し、デジタルカメラによる写真撮影を続けています。

内原恭彦の撮影は、多い日には400点=4G(ギガ)相当にもおよび、次々にハードディスクを増設しながら貯えられた画像データは数万点に至りさらに膨らみつづけています。常にデジタルカメラを携帯し、主に在住している東京を拠点としてフットワークよく写しとられていった写真は、自らの神経系統に忠実に情景を再生する行為を繰り返すことによって、ある一定の視点で貫かれています。
「あの質量の写真そのものに作者の体質的なものが内包されている、何を撮ってもしたたかで一貫した見る目がある」審査員の森山大道氏が内原の作品を評した言葉です。「街への視線が非常にどん欲で、圧倒的です。あれがまさに写真のポテンシャルということですね。」

写真への熱い思い入れから生まれた作品群からは、作家の内なる世界観の表現意欲そのものが強烈に発散されています。そしてそれらは、それまでのCGアーティストとしての経歴が生み出した数々の作品の目指した方向性と相反するものではなく、その個性を増幅・拡張しながら大きなうねりとして連なっていきました。

エプサイトの展覧会では、コンテスト受賞作品展には物理的に収めきれなかった受賞作品全点を、最新作とともにご紹介いたします。カメラのファインダーを自らの視覚の延長として意識しながら、撮影に費やした数年にわたる「時間」と、街を徘徊し見据え、視野にとらえてきた「空間」が、堆積されることにより強い吸引力を放出するであろうこの展覧会のタイトル『Bit Photo』は作家自身による造語であり、デジタルフォトに代わるものとして模索されたものです。今や0と1の歴然とした差異の狭間に横たわる余韻や隠喩すらも包括しはじめたデジタル。コンピュータにおける情報の最小単位である「ビット」を冠した作品群にはデジタルと人との間に新たに構築されつつある関係性があらゆる表現の可能性を指し示しながら散りばめられています。

■エプソンカラーイーメジングコンテストについて
「デジタルプリントの未来は使い手の認識との相互作用によって増幅する」という前提にのっとり、より多くの人々が自由な創造の歓びにふれる機会を提案できることを趣旨として9年前に創設されたエプソンカラーイーメジングコンテスト。このコンテストは年ごとに精度を上げていくテクノロジーと比例して全体的な作品のレベルとクオリティが高まっていく状況を導きだすにとどまらず、デジタルが表現メディアとして受け入れられ、豊かに拡がりつづけていくプロセスを鏡のように反映させてきました。
審査員のひとりである森村泰昌氏はこのように述べています。「3年間このコンテストの審査をしてきましたが、毎年全体像が違っているのです。最初はぎこちなさが見られましたが、いまでは、デジタルがツールとしてあたりまえのものになっているという現象があきらかに現れ、とくに写真の分野ではすごくリアリティを感じられるようになりました。」

会場の様子

すべてA4サイズにプリントアウトされた作品が会場の壁面にびっしりと展示されている。
その数は一千点を超えるという。
ひとつひとつは主に、制作者が活動の中心拠点としている東京で遭遇したシーンを切り取ったものだが、それらが圧倒的な数量で見る側に迫ってくる。
恐らくこんな展示方法をした展覧会はどこにもないだろう。
確かに、最初はこのヴォリュームにたじろいてしまう。
作品の見方はいろいろありそうだ。
(1)順番に一点一点丁寧に鑑賞する方法、(2)まずは全体を見渡し、気になるところへ焦点を合わていく方法。(3)とにかく会場の中を行ったり来たりして気ままに視線を運ぶ方法もおもしろそうだ。
一点一点見ていく場合でも、まっすぐに、あるいは斜めに、上から、下から、壁面の中心から放射線上に外側へ、あるいはその逆もあるだろう。
とにかく、その日の気分で、費やせる時間で(なにしろ、ひとつひとつをじっくり鑑賞するとたっぷり時間がかかりそうだから。)好きなようにやれば良さそうだ。
こうして、作品を見ていくと、いつのまにか自分の中で、作品を材料にしたストーリーが生まれてるのに気づく。
気になる画像が頭の中で連結され、作られていく自分自身の即興の物語といったところだろう。