プリンティングディレクター松平光弘スペシャルインタビュー 写真展に向けたこだわりのプリント作品づくり

第三回 作品展示の考え方

今回は、松平氏が基本としている作品展示のノウハウを、フォトグラファーの山崎麻里子さんの展示実例と合わせて紹介していきます。

飾ることで見えること

「良いプリントとは何か?」と考えることがあります。いつも決まって明確に定義付けができないのですが、私は仕事上、プリントの良し悪しを判断していかなければなりません。
私の場合は、作家の意図を反映したプリントを創ることが前提になるのですが、それが本当に良いプリントかどうかはまた別の話になります。そのことを見極めるために私は、プリントを壁面に飾り、できるだけ時間をかけて眺めることにしています。私にとって良いプリントか否かの最終的な判断基準は、「永く見続けていても飽きがこないか」ということです。それを今までの経験を基に、感覚的に判断するようにしています。作品の真価は時間の経過とともに現れてきます。自分自身の作品の価値を客観的に判断するためにも、「飾る」ということは大切なことだと感じています。

私は写真展でのプリントを始め、額装まで提案することがあります。
まず始めに写真の内容や主題を明確にした上で、作品に合わせた額装方法を選択します。プリントをマッティングしアルミや木製のフレームで額装する方法や、アルミ複合板や木製パネルにマウントする方法など、数多くの選択肢や組み合わせの中から作家のイメージに近い方法を提案していきます。その後に展示会場の空間の広さ、壁面の色や照明などを基準に、プリントの仕上がりや大きさ、マットの余白や色、フレームの形について再考を重ねていくのです。

山崎麻里子さんの作品展示について

山崎麻里子さんは2013年5月にオリンパスギャラリーで写真展を開催しました。『箱庭hakoniwaの軌跡』というタイトルで、初めて訪れた初夏の東欧、ブタペスト、ウィーン、プラハなどの旅先で出会った笑顔の人々と童話のような風景を収めたシリーズです。この写真展には私的で箱庭のように美しい光景を、ただ純粋に鑑賞者に追体験していただきたいという思いがありました。彼女の世界観を表現するためには、私は作品を淡々と並べるのではなく、旅を記録した写真を自宅の壁面に無造作に飾ってあるような雰囲気で展示できないかと考えたのです。

実際には、初夏の東欧の人々や街のイメージを表現するために、額縁はシンプルなナチュラルとグリーン、そして装飾的なゴールド、シルバー、ブロンズの5種類をそれぞれの写真に合わせて選択し、マッティングは白で統一して額装しました。また展示方法は一定の高さと間隔で作品を飾るのではなく、作品と作品の「間」を大切にしながら、流れに抑揚をつけて不規則に配置したのです。プリントはエプソンのPX-H10000を使用し、ハーネミューレのフォトラグ・サテンにプリントしました。この用紙はマット面ですが、プリントするとやさしい光沢感を放つのです。プリントで初夏の光を再現するには最適な組み合わせであり、他社製の用紙であってもイメージ通りの仕上がりを得られることはエプソンプリンターの強みだと実感しています。

【山崎さんはその展覧会についてこのように述べられています。】

2013年4月「箱庭hakoniwaの軌跡~旅カメラPEN 東欧編 旅先で出会った小さな幸せ、小さな世界」オリンパスギャラリー

自分の作品にマットをつけて飾るという行為によって、スナップに近い感覚で撮影していた旅写真が「作品」として確立されたと改めて認識できました。そしてさらに作品群に合った額装を選ぶ事で作品にまとまりができ、写真展の大事な要素の「ストーリー」が完成したと実感しました。額装を数種類使用する事、ランダムに並べる事、伝統的なギャラリーにおいて否定的な意見が聞こえてくるかと思いましたが、オリンパスギャラリーに通っているご年配の方から「こんなに見ていて楽しい写真展はなかった」「上に下に体も動くし作品に合った額装を見るのも楽しく旅した気分になりました」などいつもの写真展とは少し違う雰囲気を楽しんでくださる意見を多く聞く事ができました。開催した私も見にきてくださる人もとても実りのある写真展になったのではないかと感じています。

山崎麻里子プロフィール
1981年生まれ。芝浦工大工学部卒。東京写真学園卒。博報堂プロダクツにて亀井友吉氏に師事後、'09年独立。'07TSGフォトコンペティション グランプリ受賞。'10ピクトリコフォトコンテスト ピクトリコ賞受賞。書籍・雑誌等で旅写真・旅コラムを発表し活動中。

写真をもっと日常に

額装とは作品を保護し引き立てるだけではなく、作品と同様にその空間を構成する大きな役割を持っています。
写真の額装にはアルミや木製のシンプルな額縁が多く用いられますが、形式に縛られることはありません。作品の主題に合わせて額装方法を選ぶことが大切なのです。
また写真展において「作品全体のストーリーをどのように伝えるか」ということが重要です。レイアウトなどの展示方法を工夫し、写真展会場の空気までをも演出することで、作品をより効果的に見せることができるのです。

額装は思いの外、奥が深いものです。額縁の見え幅が2mm違うだけでも、マットの色がわずかに違うだけでも作品の印象や意味合いが大きく変わります。撮影やプリント技術が一朝一夕には身に付かないように、額装も挑戦と失敗の積み重ねで感性が磨かれるのです。写真展を開催することになってから額装について考え始めても最良の結果を得ることは容易ではありません。まずはご自宅の壁面に作品を飾ることから始めて、日々感覚を養うことが重要であり、そして自分の作品と向かい合うことで、結果的にその品質を高めることになるはずです。そして何よりも「写真をプリントして飾る」ということを、写真家一人ひとりが日常的に楽しむことで、ひいては日本の写真文化の発展につながっていくと確信しています。

プリンティングディレクター 松平光弘氏(アフロアトリエ)

1999年、ロンドンのラボでプリンターとしてのキャリアを開始。帰国後、プラチナパラジウムプリントやゼラチンシルバープリントで名高い「ザ・プリンツ」に在籍。
2011年、株式会社アフロのプリンティングディレクターに就任し、国内外の写真展のプリント制作や文化財の複製などを手がける。