プリンティングディレクター松平光弘スペシャルインタビュー 写真展に向けたこだわりのプリント作品づくり

第一回 画像調整の考え方

今回は、写真展に必要なポイントを掘り下げて解説していきます。プリンティングディレクター松平氏が制作の過程で最も重要視しているのは、写真家との「対話」からその作品に対する思いや意図などを十分に理解し作品に反映させることです。
写真展に向けた画像補正の考え方、エプソンプリンターを使用して、作品を仕上げる際のこだわりについて紹介していきます。

感性“プリント制作に大切なこと”

自分のことは自分ではよくわからないものです。写真展を開催するにあたりプリントの依頼に来られる写真家のほとんどは、意外にも作品の主題や考えが曖昧なままであることが多いのです。それは自身の作品に対する思い入れがあまりにも強いために、冷静かつ客観的に作品を見られなくなっているからです。方向性が定まらないままプリント制作を始めると、紙とインクを無駄遣いするばかりではなく貴重な時間まで失います。そういう私もプリント制作の過程で迷いが生まれることがあります。最終決定がくだせない時は決まって、作家とのコミュニケーションが不十分なのです。

私がプリント制作で最も大切にしていることは、作家の作品に対する思いや意図を深く理解することです。 作家がその作品を通して何を伝えたいのか、どのように表現したいのかということを、作家との対話の中から引き出し最終的な方向性を共有するのです。制作過程で作家、あるいはプリンターとしての私にブレや矛盾が生じたりすることもありますが、大枠がはっきりしていればお互いに軌道修正していくことは難しくありません。大切なことは作品の主題を明確にすること。最良のプリントはその結果として生まれてくると思っています。

今回、作品提供いただいた鬼頭志帆さんのプリントの場合、”Pikari”というシリーズのタイトル通り、「光」を感じる仕上げを意識しています。調整ポイントは、作品に奥行きを持たせるために背景に映る光を抑え、前景に光を与えました。

このようにすることで作品の中心となる「布」が輝き、視線が向かうだけではなく、質感や立体感を表現することができました。プリントはエプソンPX-H10000で、ハーネミューレ・フォトラグバライタにプリントしました。

■ Untitled( Dariyapur Darwaza, Ahmedabad, 2010) from 'Pikari' © Shiho Kito
写真展出展に向けプリント制作した「鬼頭志帆氏」の作品

技術“実際の調整”

「神は細部に宿る」という言葉がありますが、それは作品全体の品質が高く調和がとれていることが前提です。

Adobe® Photoshop®で画像を前にすると無意識のうちに作品の気になる部分に目が行きがちになり、細かい部分から調整を始めてしまうことがあります。その結果、大事な部分を見落としていたり、不自然なプリントに仕上がることが多くあります。細部へのこだわりも重要ですが、まず「全体」を調整してから「部分」を調整することが大切です。 そして全体・部分ともに「明るさ」「コントラスト」「色調」の3つを調整します。 私は基本的には暗室でプリントを制作していた頃と同じ考え方で調整しています。

全体調整は主にCameraRaw ®かAdobe® Photoshop®、そして部分調整はAdobe® Photoshop®の調整レイヤーを使用します。調整レイヤーは「トーンカーブ」や「色相・彩度」を指定することが多いのですが、重要なポイントとしては「明るさ」は「明るさ」、「色」は「色」で調整していきます。ひとつのトーンカーブで、明るさと色調を同時に調整することは避けています。明るさやコントラストを変えると、同時に色調(色や彩度)も変化したり、その反対に「色調」を調整すると、明るさが変わります。これを防ぐために私は調整レイヤーごとに描画モードを、「輝度」「カラー」「彩度」などに変更しています。このように調整することで意図しない変化を防ぐことができるのです。より合理的に作業を進められ、時間の節約にもなります。プリント制作のワークフローはシンプルに、そして基本に忠実であること。そうすることで私は作家の思いをプリントに再現することだけに意識を集中させています。

洞察力“プリントと向き合う”

写真展では飾る作品の順番や流れによって、そのシリーズの見え方が変わることがあります。

作品の内容にもよりますが、1点の作品としては成り立っていても全体で見ると調和していなかったり、壁面で隣り合う作品の関係によって仕上げを調整することがあります。木を見て森を見ず。写真展ではプリント一枚一枚の仕上がりが大切なのは言うまでもなく、全体の統一感が重要になります。

作品制作の主流が銀塩からインクジェットなどのデジタルプリントに移行が進んだ現在、プリントへの敷居は低くなったと言えます。誰でも簡単にプリントが出来るようになったために、目を疑うような質のプリントが世の中にあふれていることも事実です。時代が変わればプリントの技法は変わります。それは仕方のないことです。しかし、プリントの本質は変えてはなりません。作品制作に対する自由度が高くなった今だからこそ、時間をかけてもう一度深く自分の作品に向かい合うこと、プリントに一層の手間と愛情をかけることが現代の作家に求められていると思っています。

(注) CameraRaw、Photoshopは、Adobe Systems Incorporatedの登録商標または商標です。

プリンティングディレクター 松平光弘氏(アフロアトリエ)

1999年、ロンドンのラボでプリンターとしてのキャリアを開始。帰国後、プラチナパラジウムプリントやゼラチンシルバープリントで名高い「ザ・プリンツ」に在籍。
2011年、株式会社アフロのプリンティングディレクターに就任し、国内外の写真展のプリント制作や文化財の複製などを手がける。