セミナーレポート

NEW PHOTO FORUM 2012 セミナーレポート

戸澤裕司セミナー

人物・ドキュメンタリー写真を仕上げる

第1回:ドキュメンタリーとは時代の流れを見ながら考察する行為

写真作品を作る上でテーマやコンセプトは必要不可欠ですが、これはどのようにして作るのでしょう?
「人物・ドキュメンタリー写真を仕上げる」ではドキュメンタリーという写真の表現方法を通して、作品をつくりあげる上で必要なテーマ探しを解説していきます。

講師は写真家の戸澤裕司氏。戸澤氏は週刊誌の取材や作家の取材に同行して写真を撮る傍ら2012年10月にエプソンイメージングギャラリーepSITEにて写真展「カジマヤー(風車祝い)~島人をめぐる断章~」を開催しました。
第1回は氏の仕事を通しドキュメンタリー写真が、どうやって社会と結びついているかを紹介します。

人物・ドキュメンタリー写真のつくり方の話ということになってますが、このセミナーはテクニカルな話というよりは被写体との向き合い方や姿勢のようなものを主にお話させて頂こうかと思っております。
僕は仕事の中で人物を取り扱うことが多いのですが、まずはその中で撮影したいくつかの写真を紹介させてもらいまして、それから人物・ドキュメンタリーの話をさせてもらいたいと思います。
僕が現在やっている仕事の80%から90%以上は人物を撮影するものです。
それは雑誌記事のルポや作家の取材に同行して写真を撮るといったものが主です。
撮るとはひとつひとつの現場に行って取材をすることをルポと言いますが、そうしたルポを積み重ねて少し時間をかけ、ひとつの事象を見つめていく作業をドキュメントといいます。

例えば2001年から2006年まで作家の五木寛之さんが世界中を旅して取材をした写真集「旅する作家五木寛之2001~2006」を手がけました。
五木さんと出会ったのが13年ほど前ですが、そこからずっと一緒に旅をしてようやく一つの本になったというものです。
また朝日新聞出版のAERAという雑誌の「現代の肖像」という人物のドキュメンタリーのページなども手がけています。
この取材もいろんな方々と長い時間をかけて付き合って写真を撮る、というようなことをやってます。

またこの他にも音楽のCDのジャケットというようなこともよくやらせて頂いています。
これは女性歌手のクミコのジャケット写真です。
彼女は3.11の震災の時に、宮城県石巻市でコンサートを開くために石巻に滞在しており、震災でコンサートは開けず彼女自身も被災者になってしまいました。
その時の体験や考えたことを詩に書いて作った歌のジャケットがこの写真でした。
現在は沖縄の人達のCDなんかも手がけています。

さて、私がこうやって写真の仕事をしている一番原点になるものが、藤原新也さんという写真家です。 彼は写真作家として、写真と文章でいろんな時代を切り取るという仕事をされていますが、僕が写真をはじめようと思ったきっかけになった人でもあります。

写真をはじめてしばらくして気がつくと彼のアシスタントにもなっていたわけですが、現在も彼の仕事を手伝う機会があります。
この写真は週刊プレイボーイの連載で、藤原氏が書く書道と文章、それと写真の3つで、その時代の風景を切り取るという作業のワンシーンです。
例えば宮崎の口蹄疫だったり中国の上海万博の会場に赴き、現場で藤原氏が書をしたためて写真を撮るといったものでした。
図らずも彼に同行し一緒にいろいろな場所に行っているわけですので、藤原新也という人間のドキュメンタリーもひょっとしたら出来るのかな?とも思っております。

次に僕が人を被写体にした当初の写真を見て頂こうかと思います。
80年代の終わりから90年代の頭にかけて、バブルの頃にDCブランドが流行り若い女の子達が一斉に自由な服装で街を闊歩しだしました。
そのときに、時代が一つ動いたなと感じるものがありまして4×5という大型のカメラで渋谷を歩いてる女の子達を撮らせてもらった作品です。
ポートレートの合間合間に、沖縄の「象の檻」と呼ばれるアメリカ軍のアンテナ基地といった時代の象徴となるようなものを打ち込んで、渋谷という街から日本の今をドキュメントしたシリーズです。
後に映画の仕事で劇中に使われる写真を撮る為にもう一度渋谷を撮る機会がありましたが、その時は一日だけでワッと、デジタルカメラで撮ったものになります。
この時は何年後かの渋谷で、同じ様に女の子を撮ったわけですが、比べてみますと全然質の違うものになっているように思います。
人物のドキュメンタリーというよりは、渋谷という街のドキュメンタリーのような仕上がりでした。

ドキュメンタリーの写真というとどうしても事件や事故といった社会的な問題のようなものを対象にすると思われがちです。
しかし今見ていただいた写真からもお分かりになるかと思いますが、必ずしもそれだけではありません。
時代の流れを見ながら考察する行為がドキュメンタリーなのです。
そしてこうした考察をしようとした時、写真という道具は非常に有効な手段になってくるのです。