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展覧会情報

展覧会連動企画レポート

Yoko MazukiGallery talk 2015年9月5日(土)、真月洋子写真展「floating sign」に合わせギャラリートークが開催されました。プリントとブック、映像作品を組み合わせたインスタレーションとして構成された本展会場を、作家とキュレーターと共に歩いて見ながらのイベントとなりました。
トークゲスト: 真月洋子(写真家)
進行: 小林美香(写真研究者)
小林:
まず展覧会の成り立ちからのお話になりますが、floating signと題した展覧会を過去に新宿の蒼穹舎で2回、ほかには名古屋や京都でも開催されておられますね。今回の展覧会は継続して制作、発表してこられた作品を、エプサイトのギャラリー空間の中で再構築するという狙いがありました。 この展覧会の企画を真月さんにお願いしたのが5月末ぐらいで、相当タイトなスケジュールの中でご無理をお願いして、スピーディーに対応していただき、プランを練り、制作をしていただきました。まず、この作品の主題である「サイン(記号、痕跡、兆し)」ですけれども、どういった経緯から「サイン」に目が行くようになって撮影されるようになったのでしょうか。
真月:
分かりやすい例をあげると、長寿番組のアニメ「サザエさん」で背景や家の中に登場するちゃぶ台や黒電話みたいな小道具がありますよね。あれを見ていかにも昭和の情景だなと感じますよね。自分の年代から過去を振り返った時に、昭和の時代の経験として知っていて時代のアイコンとして想起しやすいわけです。じゃ、逆に今の時代2015年を30年後に振り返るとしたら、写真の中に何を見て「ああ、これは2015年ぐらいだよなぁ」と思えるのだろうかと考えて、自分の住んでいる身の周りを見た時に、街中を歩いたり電車に乗っていたりしても目に入ってくるのがグラフィティだったんですね。 落書きというのは昔からありましたが、ヒップホップや欧米のストリートカルチャーのスタイルを取り入れたような独特のデザインされた文字の形やグラフィティは以前にはありませんでした。グラフィティは、未来から振り返った時に2010年代の時代を想起させるアイコンになるなと考えて、グラフィティを中心に風景を撮り始めたんです。時期としては2012年頃ですね。私が考える「流動するサイン」というのはグラフィティだけではないんですね。たとえば、今回の展覧会では、波を撮った映像を90度回転させて壁に投影していますが、回転させることで波であることは分かるけれど、触覚的に何かザワザワする、波ではないものを想起できる、波であって波ではない何かを想像するきっかけみたいなものが「floating sign」の中に入っていますね。
小林:
「floating」ということに関してですが、対象として浮かんでいるように見える、ということもありますし、何かを見て意識の中に浮かび上がってくる、という見る側の内面のこともありますね。私は真月さんが蒼穹舎で二回開催された「floating sign」の展示を拝見しているんですが、一度目はグラフィティや描かれたサインのような人の手によって作られた痕跡を捉えたものが多かったように思うのですが、二回目はどちらかというとシルエットや木洩れ陽(こもれび)のような自然現象を捉えたものが多かったんですね。 今回の展覧会では、その両方を入れ込んで、エプサイトの空間でどのように再構成するか、ということを考えました。ギャラリー内の左側の壁はグラフィティのある街の空間をとらえたものを中心に、右側の壁にはシルエットや植物、昆虫の標本をとらえたものなど、自然にかかわるものを選んでいます。また、映像作品や、ブックの作品を壁面に架ける作品の補足物としてとらえるのではなくて、お互いに関連を持たせて空間を作ることを考えました。そこで、ギャラリーの中心に机を設置してブックを見せるというアイデアがでてきました。このブックのことについてお話しいただけますか。
会場の様子
真月:
このブックは蒼穹舎や京都、名古屋での展覧会でも発表してきたものなのですが、グラフィティを撮ったものを中心に構成しています。先ほどお話ししたように、グラフィティが2010年代の時代のアイコンになっているんじゃないか、と考えて作ったんですが、実際これらの写真を撮った時と今とでは撮った場所の情景は変わって行ってしまっているんですね。ご存知の通り、東京という街は非常に変化の激しい場所ですから、そういった場所のことをあらわすときに、壁にプリントを架けたり、1ページずつページをめくるような写真集のかたちでは、その変化のスピード感を表現しにくいと思ったんです。スピード感もあり、ジグザグに変わって行くような変化の仕方を見せるためにはどうしたらいいのかと考えた時に、蛇腹の形式が良いだろうと思って作ってみたんですね。作ったものを、ある時にポロッと落としたことがあって、バラバラっと広がったページを折り込むスピード感が、とてもしっくりきて、作品に使えるなと思ったんです。それで、もう少しサイズを大きくする形でこのブックを制作しました。このブックを触って実際にご覧になるとわかるのですが、蛇腹のページは開き方やページの畳み方で、見え方がまったく変わってくるんですね。そういう動きやスピード感に加えて、私が重視している触覚的なものを、作品の要素の中に取り込めたと思います。
小林:
蒼穹舎での展示では、壁側に設置した机の上にブックを置いておられましたが、今回はギャラリーの真ん中に机を設置しました。当初の展示プランでは、ギャラリー外の空間に机を置くことも考えていたのですが、蛇腹のブックを開いて見るということを、展示の中で前面に押し出した方がいいのではないか、ということになってこのような展示方法になったんですね。このブックは高さが40センチぐらいで、6面を広げて180センチぐらいなんですが、全体を広げると8メートルぐらいになるそうですね。ですから、ブックをご覧になる方は、全体を一覧することができない本と格闘することになるわけです。展示してみて面白いなと思ったのは、波の映像が投影されている壁面と、ブックが置かれ机が在って、ブックを見る人のページを開いたり畳んだりする行為が、背景にある波の動きとシンクロしているように見えるということですね。映像作品はいつ頃から作られていたんですか?
真月:
2003年位からですね。写真を展示するにしても、何か足りない、もう一つ何か要素を入れたいと考えて、映像作品を入れてインスタレーションとして発表してきたんですが、東京での展覧会で映像を発表するのは初めてですね。
会場の様子
小林:
元々写真を勉強されていたんですか?
真月:
写真は独学なんです。学生の時に金属疲労の顕微鏡写真をモノクロで現像する会社でアルバイトをして、そこで基本的な現像のやり方を身につけたんです。学校ではデザインを勉強していたんですが、真面目な学生ではなかったので(笑)。写真を始めたのが「金属疲労の表面写真」ですからね。(笑)
小林:
でもある意味、壁面を撮っている今の作品に通じる部分もありますね。
真月:
写真に関しては入口がちょっと違う、というのもあって、いわゆる写真の主流というのもよく分かってないところもありますし、インスタレーションという要素も取り入れて作品を作っているところもありますね。たとえば、外側のショーウィンドウと、ギャラリー外の白壁にかけた木を撮った写真がありますが、木の写真というよりも、木の枝の間だったり、その向こうの空気を見せたい作品なんですね。ですから、正立像で一枚の写真としてみせるよりも、倒立させて、写真を分割して隙間を入れた方が、私の伝えたいことは伝わる、って思う訳です。普通、撮った写真を分割して、スリットを入れるという方法はあまりなされないと思うのですが、自分としては思い切って切れ目を入れるというよりも、自分としてはこう見たい、見せたいという考えから導き出されてきた手法ですね。
会場の様子
小林:
垂直方向にスリットが入った作品と、水平方向にスリットが入った作品が壁面に点在していると、独特のリズム感が生まれていますね。展示構成のプロセスについて話を戻しますと、当初真月さんからは、今波の映像が投影されているギャラリー奥の壁面にも写真作品を架けたいというご提案をいただいていたのですが、どうも全体としてうまくまとまらなかったんですね。そこで、映像作品を投影するというアイデアがでてきたときに、対面する白い壁の構成が決まった、という感じです。つまり、波の映像が投影されている壁面に向かい合うように、スリットの入った水面の写真6点が架かることになり、写真と映像の二つのアプローチで水面を捉えたものが組合わさることになったんですね。 展覧会の構成を練る時に、壁面の長さや面積を基準に、写真のシークエンスにもとづいて会場の動線を考え、写真の順番を組むという方法が一般的ですが、今回は、ブックを置くテーブル、対面する壁面の関係、映像と写真の関係というように、空間を構成する面同士の関係から、展示を考えていきました。
真月:
ギャラリーの中に机を設置して、そこにブックを置くという発想から全体が決まっていきましたね。そこが大きかったと思います。
小林:
ブックに収められている街のグラフィティの写真が、具体的な情報を与えるものが多かったので、壁面に架ける写真はもう少し抽象的な印象をあたえるものを選んだ方がいいだろうということになって、大きいサイズの作品のサイズを決めた上で、全体のバランスをとるようにサイズを調整していきましたね。今回の展示は、ライティングによる効果も大きいと思いますが、ライティングと、ライティングにも関わってくる写真の用紙についてはどうですか?
会場の様子
真月:
ブックではドイツのハーネミューレというメーカーのフォトラグというマット紙を使っていて、このシリーズはフォトラグで制作してきたのですが、今回の展示で初めてフレスコジクレーという用紙を使いました。同じイメージをフォトラグとフレスコジクレーでプリントしたものを見比べると分かるんですが、フレスコジクレーは、空気感や奥行き感がとても豊かなんですね。面白い表現ができる紙なんですが、癖もあって、プリントした直後はシャドウの部分が潰(つぶ)れてしまったように見えても、1、2週間するとシャドウの中のディテールが浮かんでくるんですね。そういう時間の経過で色が変わってくるという紙の癖を見越した上で出力しないと出来上がりが把握できないですね。今回の展覧会では7月の末にプリントがほとんど出来上がっていて、裏打ちなどの加工は8月末に行ったので、1カ月ぐらい寝かしておいた感じですね。
小林:
まるで生き物のように変化するのですね。それがフレスコジクレーの魅力でもあり、扱いが難しいところですね
真月:
フレスコという素材はとても耐久性があるので、保存性と立体感という特徴を生かすと、可能性を感じますね。
小林:
フレスコ(漆喰(しっくい))は建材に使われる素材でもありますから、壁面の上にプリントを架けると壁の上にももう一枚壁があるかのように見えますね。今回は一点一点のプリントにあわせて、照明を矩形(くけい)にあてるカッターライトを使いましたので、写真の画面がまるで穴をのぞき込んでいるかのように感じられますね。写真と写真の間が暗くなるので、写真を見て行くと別の空間にワープしているようにも感じらて、個々の写真の撮り方、視点が際立って見えるように思います。撮影する時はどんな感じで撮られているんですか?
真月:
フィルムのカメラを使っていて、写真を撮るときの一つの心構えとして「対象の形が面白いな」と思って撮るのは止めていますね。その日の光や湿度が自分の体で確認できている、と実感できるときに撮っています。あまり何枚も撮るほうではないので、一枚撮ったら鞄の中にカメラを入れて、また気になったら鞄からカメラを取り出す、という感じなんです。「カメラ持って歩いています」的な自分が嫌なんです。気がついた時に撮ればいいや、という感じですね。
小林:
なるほど。グラフィティを撮っている写真というのは世の中にたくさんありますけれど、多くの場合、収集するような感覚で撮るということが多いですよね。そういった意図は真月さんの撮り方からは感じられないですね。「対象の形が面白いな」という基準では撮らない、と仰っていましたが、真月さんの場合は、光や湿度のような空間のあり方と、真月さんの身体感覚の関わり方が撮影をする際の決め手になっているということなんですね。
真月:
物事って目だけで見ているわけではなくて、皮膚でもちゃんと見れているだろうか、という感じですね。湿り気があったり、夕日や午後の光の写真が多いのはそのせいかもしれませんね。
小林:
皮膚感覚で反応するような写真の撮り方を強く感じるのは、雑草や茂み、木のような植物を捉えた写真ですね。植物と意識がシンクロすると言いますか、植物の存在を突き放して見ているというのではなく、自分自身と同様に同じ空間に存在するものとして接しているように見えるんですね。過去の作品でも植物との関係をテーマに作られたものがありますので、少しご紹介しましょう。
真月:
1998年から2004年まで制作したシリーズで、2013年に写真集『a priori』(蒼穹舎)としてまとめたシリーズなんですが、植物を撮った写真をスライドプロジェクターで人の体の上に投影させて撮影しています。モデルになっている人物は最初のうちは友人だったのですが、そのうち作品を展示会場で熱心に見てくださる人がいて、その人の後ろ姿を見ていて「この人ちょっと植物っぽいなぁ」と思ってモデルをお願いしたこともあります。つまり、モデルになっているのはプロの方ではないのでポージングとかができないんですね。全裸でのモデルをお願いすることもあるので、体が緊張していると、投影している植物の像が体の表面に写っているだけなんですが、次第に緊張がほどけてくると、皮膚の上に写っているはずの像が、数分だけですが、体の中に溶け込んで見えてくることがあるんですね。
小林:
『a priori』と「floating sign」は、表現の仕方は違いますけれども、身体感覚と植物が共鳴してシンクロするという観点から見れば、通底する感覚は同じものと言えるかもしれませんね。
真月:
子どもの頃、小児喘息を患っていたこともあって、母方の田舎に預けられていて、祖父が植物に詳しい人で、植物の名前とかいろいろと教えてくれたんですよね。そういうところからそういう感覚が自分の中に育まれていったということもあると思います。
小林:
子どもの頃のお話が出たところですが、ご実家で撮影されたシリーズ「水影」がありますね。
真月:
実家は古い日本家屋なんですが、その中で自分の体がどうあるのかというのを見たくて、暗い日本家屋の中での光と影の中でセルフポートレートの形をとって撮影したんですね。日本家屋って、中心が暗くて外側が明るいという構造になっているので、家の中にいると常に逆光の状態なるんですね。光と影の捉え方や、掌(てのひら)や足の裏から受けとめてきた触覚的なものも含めて、こういった日本家屋の中で育ったことから感覚が培われてきたのだと思います。
小林:
環境から受けている影響って大きいですよね。その影響は、その時々に作っている作品から実感することもあるかもしれませんね。
会場の様子

この後、トークは盛大な拍手と共に締めくくられました。お集まりいただきました皆様、ありがとうございました。