西野壮平氏が語る 写真表現の可能性(2)


インクジェットプリントの試み

今回、新たな試みとして、従来と異なるプリントで出力しました。通常僕はライトジェットプリント(デジタルデータから銀塩の写真印画紙に焼き付ける方法)を作品制作に用いています。今までインクジェットプリントは作品を制作するまでの過程で使用したりすることはありましたが、実は最終的な出力で使ったことはありませんでした。その理由はこれといって特になかったのですが、もしかしたら耐久性を考えると最終アウトプットには向いていないのではないかという勝手なイメージが自分の中にあったのかもしれません。たしかに「Diorama Map」はプリントサイズが大きいのでインクジェットプリントとして一枚で見せる為の用紙サイズがないという物理的な理由もあるのですが、、。しかし今回初めてインクジェットプリントに取り組んでみて、その仕上がりはインクジェットプリントに対するこれまでの自分の概念をガラッと変えてくれました。

「Diorama Map」

特筆すべきはやはり紙の多様性です。写真に応じてそれぞれ相性がいいプリント用紙があり、それらの特徴の違いと種類の幅の広さには正直驚きました。中でも今回のUnseen Photo Fairで使用した Velvet Fine Art Paper という紙はモノクロの写真だとより特性が伝わると思いますが、色の階調の再現性が豊かで、非常に立体的に見えるのです。
私の「Diorama Map」という作品は複数の写真の断片の集合体から構成され、さまざまな場所から撮影されているので、一枚一枚に異なる高低差があります。そのため、奥行きを再現することに適した用紙であること、そしていかに細かな部分まで見えるかということが非常に重要であり、それが作品のよさを引き出すことになると思っています。それをVelvet Fine Art Paperは可能にしてくれたし、想像以上の手応えがありました。
作品の物質的な魅力というものは、作家がどのようなプロセスを経て、どのようなものを最終的に選ぶかによって決まると思いますが、そういう意味でさまざまな可能性を示唆してくれるプリンターや用紙との上手いつきあい方や出会いが作品の可能性を広げてくれるのだということを実感しました。
とはいえ私自身、インクジェットプリントとの付き合い方は正直言って初心者でまだまだ知らないことばかりですが。近年では、美術館側が作品をコレクションする際に作家にインクジェットプリントで制作して欲しいというリクエストをすることがあるという話を耳にしたことがあるのですが、それ位近い将来インクジェットプリントは世界中で需要が今後さらに増えてくることは確実だろうし、知識を深めていくことは作品制作における大切な一歩だと感じています。

CP+での展示

2015年2月に開催されたCP+では前述したアムステルダムで行ったイベントとほぼ同スケールの作品をエプソンブース内で展示をさせていただきました。さらにこのインスタレーションでは両眼シースルーのスマートグラス MOVERIO(モベリオ)を使用した、面白い試みがありました。それはモベリオをかけて作品を観ると、実際の作品を見ながら同時に映像が流れるというものでした。
展示している実物の作品をそのグラスをかけて見ると僕がアムステルダムで撮影をしている様子を写したドキュメンタリー映像が流れ、また手元に置いた一枚のアトリエの写真を見ると、それに連動して私が一枚一枚写真をコラージュし完成するまでの早回し映像が流れるのです。

CP+での展示の様子とモベリオで見るシースルーでの映像
CP+での展示の様子と モベリオ で見るシースルーでの映像


「Diorama Map」の制作風景

今回の企画はこれまでに体験したことのない視覚体験を作り出したいというエプソンさんの熱意があり実現したものですが、作品(表側)とメイキング(裏側)を同時に見ることで作品が完成するまでにある行程を重層的に伝え、それと同時に作品自体を解体する面白さがあり、常々僕のパーソナルな旅の記憶を、作品を見る方達が追体験できるように伝えられないかと考えていたので、今回のCP+でのインスタレーションはそれを実現する上で面白い試みになったと思っています。
かつてカメラの前のレンズにフィルターを装着したり、多重露光などでイメージのレイヤーをアナログで作っていた時代から、現在はAdobe® Photoshop®上で複数のレイヤーを重ねて一枚のイメージを作り出せる時代になり、そして今後さらに展示会場や美術館などの空間でレイヤーを3次元的、視覚的に作り出すことによって作品が完成するなんていう作品も今後生まれてくるのではないか、、なんていう空想も同時に膨らませてくれました。

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西野壮平 西野壮平 Sohei Nishino
1982年兵庫県生まれ。大阪芸術大学在学中から記憶をテーマに、
都市のアイコンの集積として表現された「Diorama Map」シリーズの制作を始める。
国内外での個展や東京都写真美術館やロンドンのSaatchi Galleryをはじめとするさまざまなグループ展、ニューヨークのICPでのトリエンナーレ等のフェスティバルにて作品を展示し、注目を集めている。2013年度日本写真協会賞、新人賞受賞。
オランダの写真雑誌『Foam Magazine』が選ぶFoam Talent Call 2013の写真家の一人として選出される。

(注):Adobe、Lightroom、Photoshopは、Adobe Systems Incorporatedの登録商標または商標です。