審査を終えて。受賞の朗報を手にした方々にお集りいただき、審査員・代表である藤原新也氏を聴き手に、作品づくりにまつわるお話をうかがいました。
(優秀賞の竹村 稔さん、森山大道賞の熊野 怜さんには、後日インタビューを行いました)
谷川 歩 [グランプリ]
─ この作品は、原爆投下のシーンが絵で再現されているわけだけれど、これは60数年前、あなたが生まれる随分前の話ですよね。
はい。
─ それで、体験していない原爆のリアリティの拠り所はなんだろう。23歳というと、原爆の光ではなくコンビニの光の中で生まれてきたような世代でしょう? そういう人が原爆の光で焼きただれた世界を体感して絵にしている。子どものころの恐怖が起点になっていると書いていますけど。
小学校、中学校と毎年平和学習があったんです、毎回、原爆のビデオとかを観たりするのですが、その映像がほんとに怖くて。いつも体育館で上映されるんだけれども、床ばかり見ていました。
─ 何年生のとき?
4年生から6年生までです。
─ 相当、感受性が強い人ですね。小学生ぐらいの体験はトラウマになってしまうことがある。そういう恐怖体験が、最終的に絵につながっていったわけだ。
はい。でも、自分が体験していないのに、あたかも体験したように描くのは嫌なんです。そういう風に見えますか?
─ そうは見えないからグランプリになったんです。
気持ちでは、それが嫌だなと思うんですけど、でも、体験談とかを読んでいると、涙が出てきたりして。

─ たまたま去年、広島FMであなたと同じ歳の23歳のディレクターの女の子が、長崎の爆心地に最初に入った日本人の映画カメラマンが、一切音がしないことにショックを受けたという話を書いた僕の『無音』というエッセーを読んで、妙に感激してラジオに出演依頼をしてきた。そのディレクターが言うには、広島に住んでいる人には小さいときから、原爆の情報が入ってきて、むしろ原爆をどんどんリアルから遠ざけてしまうことがある。だけど僕のエッセーではじめてリアルを感じたというんだ。あなたの作品には、そういった若い人が原爆のリアリティを無垢な感受性によって引き寄せようとする力を感じました。それにものすごく稚拙な絵と、ものすごくうまい絵があるこの落差がいい。
私には得意な絵と苦手な絵があることが今回描いてわかったんです。
─ 作意ではない。
違います。人の顔を描くのは好きなので、いつも描いていたんだけれども、背景はあまり描いたことがなくて。描いたら下手だったんです。でも本当に真剣に描いたんです。
─ 騙しがないんだな。
これは怖いと思いますか?
─ 僕は怖いとか、そういう感じでは受け取らなかった。リアリティがあると思った。
怖くないように描きたいなと思って描いたんです。
─ 小さく描いたものをスキャンして大きく写しているでしょう。
はい。
─ そこが妙なバランスを生んでいるんだよね。その点もやはり絵として、非常に新しく感じるところなんです。絵本は普通原寸大で描くけれども、小さいものをガーンと大きくすることで、真逆をやってる。デジタルを駆使したことを努めて強く意識しているなという感じがします。