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多種多様なアプローチで生み出される数多くの応募作品は、社会や環境の変遷を如実に受け止める時代の鏡です。
デジタルが自己実現のツールとして、脈々と息づいてきたことが、応募総数の着実な増加からしのばれます。
今年は、日本をはじめ、中国、台湾、香港、韓国、インド、インドネシア、タイ、ベトナム、シンガポール、フィリピン、マレーシアの各国各地域より、写真部門9,416作品・グラフィック部門1,540作品 合計10,956作品の応募が寄せられました。編集されたブックスタイルの作品が量を圧倒するなかで、大型サイズとグラフィック部門の作品に個性の際立つ作風が見られ、グランプリには、甲乙つけがたく、写真部門、グラフィック部門より、小野麻早さん、櫻井裕子さんの2作品が選出されました。
審査総評
(敬称略・順不同)
佐藤今回は、全体的にグラフィック部門の応募作品にパワーがあるなという印象を持ちました。写真部門のグランプリ作品にも、写真とグラフィック両方の要素が入っていて、グラフィックととらえてもおかしくないと思います。今年は、自分にはわからない魅力的なものを探したいと思っていたのです。今までは比較的、自分がわかるものの中で判断してきたというところがありましたが、わからないけれども新しくて魅力的というものを頭に置きながら探しました。
大竹最初に全作品を見せていただいたとき、小さい作品は去年よりもっとまとまってきている感じがしましたが、大きい作品は去年よりどこか印象の強いものがありました。それと、写真を撮る対象がすごく変わってきていると感じました。ちょっと説明しにくいのですが、具体的でないものをテーマにしようとしている感じが強く、そこがすごくおもしろいと思ったところです。去年はまだ、日常を撮るという流れが結構、強かったのですが、それがこの1年で途切れた感じです。その先にテーマがなくなったということではなくて、具体物でないものを撮ろうとしているような、本人が意識しているかどうかはわからないのですが、そういう印象を持ちました。
あとは、わかりやすいということと自分の思いというようなこととの噛み合わなさといいますか、そこらへんはいつも難しいところだと思います。両方とも正解であるから難しい。そんなことを強く感じました。
藤原写真が今年、やや退潮していると思いました。作りこんだグラフィックのほうがパワーを持って来ているというのは、一次審査のときに如実に感じましたが、二次審査でも明らかにそういう印象がつよい。グラフィック部門からグランプリが出たのは初めてで象徴的といえます。写真がやや精彩を欠いているのは撮ることの切実感がないということがまずある。生きていることの核がないというか、テレビのチャンネルをパッパッパッと変えるように、目の前の現実の断片をザッピングして組み合わせれば何かができてしまう。それらを分厚く製本すれば、何か雰囲気が出るんじゃないかというような傾向がここ数年みられたのですが、それが今年あたり、そのザッピング感覚に全然、新鮮味がなくなってきました。
もう一つはデジタルの長所ではなく短所が作品に影響している。撮ったものがすぐその場で確認できる。駄目だったら削除し、確認していいものだけを残す。編集の作業を同時にやっているわけで、きわめて醒めているわけです。熱くならない。その安全感が作品に表れている。少なくとも撮っている間は一度もモニターを見ないという勝負をしてほしい。
膨大な数の人々がデジカメを使い始め、ひと頃カメラがオートになった時以上に、いわゆるプロとアマの境界がなくなってきました。デジタル時代というのは、プロが追い詰められる時代なんです。そういう意味で構築するという余地が残されているグラフィックが相対的に存在感を持ってきたのかもしれません。
佐内写真部門のほうはつよい印象が残っていません。写真とかなんとかというのではなくて、その作品が持っている見えない魅力は何であるのか。写真はあまり撮るものがないんですかね。(笑)私はすごくいっぱいありすぎて困っていますが。
大きい作品の応募がふえていて、それが並んでいるのをパーッと見てすごく緊張しました。壁にたてかけてあったり写真を編んでいるものとか、パッと見て飛び込んでくるような感じがすごくしました。長く何回も見ているとだんだん違ってくるのですけれども、その飛び込んでくる感じがよかったです。グランプリの櫻井さんの作品はパッと見もすごくよかったのですが、飛び込んでくるだけではなくてそのあとも何かぞわぞわするような感じでした。
勝井このコンテストにずっと触れてきましたが、いろいろな意味で曲がり角に来たなと感じるのです。写真とグラフィックとに分かれているけれども、要するにどちらに応募してきたかということです。残っていくものは何か。人間の手が直接、触れたものとか、何かそういう痕跡がないと、なかなか残っていかない。特に写真などは、意図的にぼかして撮っているのか、ただぼけてしまったのか。その写真をどういう姿勢で撮っているのかというのがなかなかつかみにくいものが結構ありました。
1枚の力が弱くても編集などによって多少、累積されて、写真的存在感を持っていくのではないかという一種の錯覚と、リアリティが、入り混じってきているのではないかという気がするのです。そういう意味で、ポジティヴで非常に総合力がアピールされる場になってきています。パッと見た時に飛びつくという表現要素は、グラフィックが持っている特徴的な性質でもあります。瞬間的に出たものが組み立てられて一種のアピール性を持つという面は、グラフィックが持っている一つの良い特性です。表現にまつわるものの中でその特性がある種の存在感を増してきました。ですが、本当は、じっくりと内容を追っていく距離感、質の問題に入り込んでいこうとする思考というものは当然、意識されてこなければいけないわけです。面白い傾向ではありますが、うわべのことにとらわれていると、なかなかできないことです。全体的に表現バリエーションが多様で特に大きさを意識した傾向が大小両極によられるのも面白いと思います。
森山全体的には見せる力をもったもの、ねちっこくしぶとい作品が多く、バリエーションがあったように思います。今回はややグラフィック部門のほうのインパクトが強かったと皆さんおっしゃっていますが、僕も、選んでいてそういう感じを受けました。写真は、表現的に、三つか四つのパターンに分けられてしまうような印象があって、そういうところはちょっと弱いかなと思いました。社会的にも、いろいろな問題が噴出してきていて、そこからなにかが見えてくるだろうという感覚は、僕はわりに好きだったのですが、今年はちょっとそういうものからあまりインパクトを感じられなくなってしまいました。自分のもつ世界にこだわる傾向が強く、今の実社会の構造の中に、何かを見る探すという気分が薄いのかなと感じます。
ただ、全体的には、それぞれにおもしろい作品が結構あって、どれを選ぶか苦労しましたね。
