このページの先頭

EPSON



技術情報

有機EL施策パネル

2009年10月

Technology Newsline

大型有機ELテレビを可能にするエプソンのインクジェット技術

マイクロピエゾテクノロジーでムラのない大型パネル製造技術を確立

印刷用PDF(480KB)はこちらから

過去の特集記事一覧へ

セイコーエプソン(以下、エプソン)は2009年5月、有機EL(エレクトロルミネッセンス)パネル用に有機材料を均一に成膜できるインクジェット技術を開発したと発表した。これにより大型有機ELテレビの実現が一歩近づいたことになる。製造にあたって最後の難題となっていた、材料の塗布ムラが解消されたことで、残る課題は有機材料の長寿命化と生産コストの抑制に絞られた。

大型有機ELパネルの登場が待望される背景には、いくつかの理由があります――そう話すのは、エプソン生産技術センターの宮下悟部長。液晶ディスプレイ(LCD)など受光型のディスプレイに対して、有機ELを使ったディスプレイは電流が流れると有機EL自体が発光する。そのため「LCDに必要とされる高額のバックライトは不要です。これは、ディスプレイ製造における部材費の大幅削減につながります。また、消費電力がLCDの約3分の1、プラズマ・ディスプレイのわずか10分の1という点も、環境配慮が求められる今の時代には重要なことです」。

宮下部長によると、有機ELの特性は幅広く、薄型で構造がシンプルなこと、優れたコントラストと解像度、赤・緑・青の高い発色性、そして視野角の広さなどが挙げられる。そうした利点を合わせ持つ有機ELは、ホームシアター向けテレビに理想的な技術といえる。

◆インクジェット技術の強み

では、有機ELがいまだ業界を席巻していないのはなぜなのか。現在は、携帯電話機やデジタルカメラなど、一度に長時間利用することのない小型ディスプレイ市場で他の技術と競合している。それらの有機ELディスプレイには、低分子有機材料と呼ばれる材料が使われており、マスクを用いて基板上に材料を塗布する真空蒸着という方法がとられている。簡単に言えば、型を使ってペンキをスプレーするのと同様だ。

「真空蒸着は中・小型ディスプレイの製造に適していますが、大型ディスプレイには不向きで、非常にコストがかかります」。宮下部長は続ける。「パネルサイズを大型化するほど生産コストやマスクのコストがかさみます。また、大型化によってマスクに歪みが生じるなどの問題も出てきます」。

そこで、エプソンは大型有機ELディスプレイの製造に、インクジェット技術を応用できないかと考えた。一般的にインクジェット方式では、溶媒を用いて有機EL材料を液状化しやすい高分子材料を用いる。液状にすることでディスプレイのパネル基板に有機材料を直に多層塗布することができるからだ。

「インクジェット方式には、従来の方法に比べていくつかの利点があります。例えば、真空蒸着のための大型設備が不要です。材料の利用効率は真空蒸着の10%に対してインクジェットは80%。さらに、製造全体の工程数も少なくてすみます」。

エプソンが今回のインクジェット方式に使用したプリンターヘッド(インクを吐出する部品)は、積層ピエゾヘッドと呼ばれるもの。このエプソン独自のインクジェット技術「マイクロピエゾテクノロジー」を用いたマイクロピエゾヘッドはまさに工業用途に求められる要件を兼ね備えているといえる。ピエゾという素子に電圧を加えると、アクチュエーター(駆動装置)が作動し、ノズルからインク滴が正確な大きさで高速かつ安定的に吐出される。その性能は実に優れている。マイクロピエゾヘッドから吐出されるインク滴は1秒間に約6万滴。1滴の重量はわずか1.5ピコリットル(1ピコリットルは1兆分の1リットル)で、それらを直径わずか8ミクロン(1ミクロンは100万分の1メートル)の範囲内に正確に着弾させることができる。

汎用性が高いことも、この印刷技術の特長だ。水や熱可塑性樹脂、有機溶媒など、使用できるインク溶媒の選択肢が広く、インクもポリマー材のほか顔料や染料、セラミックス、ナノ粒子などさまざまな種類に対応できる。そうした適応性の高さにより、家庭用・オフィス用プリンターなどのアプリケーションはもとより、商業・産業用途などその応用範囲は広い。後者の応用例としては、液晶パネル用のカラーフィルターや、半導体の金属配線、液晶パネルの配向膜などがある。

対照的に、他社が採用しているサーマル(加熱)方式のインクジェット印刷は、インクと溶媒の選択肢という点で柔軟性に欠ける、と宮下部長は指摘する。サーマル方式の場合、インクを吐出する際に高温で熱する構造のため、有機材料の応用にはあまり適さない。

◆ムラを解消する独自技術

しかし、他のインクジェット方式と同様、マイクロピエゾテクノロジーにも克服すべき課題がある。それは吹き付けた発光膜の厚さのばらつき、すなわちムラが生じる点だ。「どんなに精巧なプリンターヘッドを作ったとしても、ノズルごとにインク量に微妙な差が出るものなのです」と宮下部長。その結果、スクリーン上に、目で見てわかるほどの黒い帯状のスジムラが生じてしまう。

プリンターメーカーは、かなり複雑な手法でこの問題に取り組んでいる。インク量のムラを平坦化するために印刷範囲の上にプリンターヘッドを何度も通過させたり、印刷範囲上を通るたびにプリンターヘッドの位置を調整するアルゴリズムを用いたりするのが一般的だ。

「しかし、当社は実にシンプルな方法でムラを解消することができました」と宮下部長は説明する。開発チームは、各ノズルから吐出されるインク滴一つひとつの形状と高さを測定。そのデータをもとにノズルごとのインク量を調節することで、均一な成膜を実現した。重量調整には、エプソンの独自技術「マルチサイズドットテクノロジー(MSDT)」を採用。MSDTは、大・中・小のいずれか3つのサイズのインク滴を即座に打ち分けることができる技術で、インクサイズの選択はそれぞれのプリンターヘッド・アクチュエーターに送られる電気駆動信号をプログラムすることにより制御される。

「MSDT補正を使うことによる違いは明白です」と宮下部長は言う。「補正なしの場合のインク重量誤差は6%ほどですが、MSDTによる補正を行うと、誤差はわずか0.4%に抑えられ、均一な発光が可能になります」。

開発者たちはその後、この技術を使って37インチのフルHD(1920×1080画素)相当の解像度を誇る14インチ有機ELパネルを試作した。

ムラの問題が解消された今、エプソンでは有機EL材料の長寿命化に向けて化学メーカーと共同研究を進めている。「青色材料の寿命だけがまだ短いのですが、寿命は年3倍のペースで延びています。ですから、この問題も来年にはクリアされ、2012年頃には大型有機ELテレビの量産が始まるものと期待しています」と宮下部長は言う。

同時にエプソンでは、近い将来の大型テレビ実現に向けて、今回の製造技術の活用方法をあらゆる角度から検討中だとしている。

(原文は英語。取材/英文執筆:ジョン・ボイド)

※本稿の内容は執筆時点(2009年8月)の情報に基づくものです。

バックナンバー

過去の特集記事一覧へ

このページの先頭へ