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技術情報

スプリングドライブ

2009年6月

Technology Newsline

エプソンが世界に誇るウオッチ技術「スプリングドライブ」

創業から受け継がれる匠の心と先進技術が織りなす技の結晶

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セイコーエプソン株式会社(以下、エプソン)のものづくりの基本は、いまも「時計」という創業の原点にある。同社の前身である有限会社大和工業が、SEIKOブランドの腕時計製造工場として長野県諏訪市に設立されたのは1942年。精密機械産業が集中する諏訪市近郊は当時、「東洋のスイス」として知られていた。

その名の通り、エプソンの技術者たちは程なくして、スイスの一流時計職人と肩を並べるようになる。1960年代が終わる頃には、世界で最も信頼性のある正確な時計のひとつとしてSEIKOの名を知らしめ、1969年には世界初となるクオーツ時計「SEIKOクオーツ・アストロン」の製品化に成功した。

クオーツ時計の強さは、何よりその正確さにある。機械式時計の場合、最新鋭のものでさえ、1日に10~20秒程度の誤差が生じる。これに対してクオーツ時計の誤差は1ヵ月で15秒程度。だが、クオーツ時計にも弱点がある。それは電池を必要とすることだ。長時間使わずに置いておくと電池が消耗し、動かなくなってしまう。高級時計の収集家にはよくあることだろう。

これに対してエプソンが考え出したのが、「機械的なボディ」と「デジタルの頭脳」を合わせ持つ腕時計だ。1970年代に生まれたその画期的アイデアは、1999年、過去40年にわたる機械式時計の製造で培われた技能と最先端エレクトロニクス技術の結晶として世に送り出された。それが「スプリングドライブ」である。

スプリングドライブ式の時計は、ぜんまいを動力源とする。手巻式と自動巻式があり、自動巻式は時計をつけた人の腕の動きでぜんまいを巻き上げる。ぜんまいからのエネルギーは、歯車に伝わるとともにローターを回転させ、コイルが発電する。電気で水晶振動子が発振し、それを受けて集積回路(IC)がローターの回転速度を制御し、クオーツが刻む正確な信号に基づき輪列が動く仕組みになっている。電池もいらず、4~10回巻き上げるとすぐに動き始める。しかも日差1秒未満という精度の高さだ。

「これは運針が流れるように動く高性能機械式時計でありながら、電池を必要としない特殊な時計です」と塩尻事業所のウオッチ事業部W営業グループの今井博一課長は話す。「最大の特長は、使いたいときにいつでも使えることですね」と続けるのは、ウオッチ事業部Wマイクロアーティスト工房の高橋理課長。「手巻式であることも、持ち主にとっては魅力のひとつ。時計を操作するという体験をさらに楽しめるからです」。

20年以上におよぶ挑戦

スプリングドライブの開発当初、技術者たちはぜんまいから供給される機械的なエネルギーを効率よく電気に変換することができていなかった。それが障害となり、1982年に開発した最初の試作品は、1回の巻き上げによる持続時間がたったの4時間。1994年に開発された第二次試作品でも、わずか10時間だった。これを打開するひとつの方法が、ICの消費電力を減らすことだった。

1993年に開発プロジェクトに参加した高橋課長は、「ICの問題が最大の難関でした」と振り返る。超低パワーICを自社開発することを決めた開発チームは、社内の半導体技術を駆使し、従来のMOS-ICとシリコン基板の間に酸化シリコン膜の層を挟み込むことで、超低電圧・省電力回路を実現した。独自開発のMOS-ICによって、消費電力は一般的なクオーツ時計の10分の1に低減された。それは、仮に世界中の人々がスプリングドライブの時計を動かしたとしても、150ワットの電球を灯す程度の消費電力にしかならないほどである。

開発チームは、エネルギー効率を改善する他の方法にも着目した。そのひとつが機械部品の摩擦を減らすことだった。機構部分のごく小さな歯車を、ブナの木を使った研磨機で磨き上げ、表面の粗さを20ナノメートル未満とした。

コイルの整列化

さらに、銅線コイルが大きいことも電力損失の重大な要因であることを見出し、超高効率の小型コイルを設計。特殊な装置を開発し、長さ200メートル、13ミクロン厚の銅線をできるだけ整列させて3万回も巻き上げる方法を確立した。その結果、製品化第一号のスプリングドライブ時計は、約48時間の持続時間を誇り、ICの消費電力は30年前につくられた初代クオーツ時計の1,000分の1にまで進化した。

日本独自の時計を世界に

今日、スプリングドライブ式時計の最高峰といえば、2006年にスイスのバーゼル国際時計見本市で発表された複雑時計「ソヌリ」である。一般的な機械式時計の部品が100点余りであるのに対して、ソヌリは630点を使用。部品を美しく仕上げる技巧は、世界的に著名なスイスの時計師フィリップ・デュフォー氏の指南を受けた。すべて手作業で組み立てられるため、年間生産量はわずか5本で価格は1,575万円。これまでに国内外から15本を受注している。

ソヌリは、エプソンの時計技術の粋を集めた、塩尻事業所内の「マイクロアーティスト工房」でつくられている。そこで働く12人のマイクロアーティストの数名は、隔年で開催された技能五輪国際大会の金メダリストたち。「マイクロアーティストは卓越した技能を持つ匠ばかりです」と高橋課長。「彼らは、他にはない特別なものをつくり出したいという一念を胸に、日々邁進しています」。

ソヌリとは、フランス語で「音を鳴らす」こと。エプソンがつくったソヌリの最大の特徴は、毎正時を知らせる音に日本の伝統的な鐘である「お鈴」が使われていることだ。通常は仏具として用いられ、余韻のある澄んだ音が響く。お鈴の音を外に出すには筐体に一定のスペースが必要になるが、技術的課題のひとつは、そこから時計内に埃が入らないようにすることだった。さらには、お鈴の音を引き立てるため、時計の動作音を完全になくすことが求められた。開発者たちは鐘が鳴る速度を調整するガバナーに空気の粘性を利用した機構を施し、世界で初めてチャイムが鳴る際の動作音を取り去った。

何よりマイクロアーティストたちが目指したものは、日本でしか生み出すことのできない時計だった。「スイスの一流メーカーに敬意を払いつつも、極めて独創的なものを創造したかったのです」と高橋課長は話す。

マイクロアーティスト工房での地道な作業は、エプソンの高度な電子技術からは大きくかけ離れたものに映るかもしれない。だが、工房の魂はエプソンが誇る他の精密技術の中にも確実に生きている。インクジェットプリンターのヘッドに使用される極小ノズルがその好例だ。

伝統的な匠の技と、エレクトロニクスの専門的知識、そして確かな精密加工技術の相乗効果を追及した究極の形が「スプリングドライブ・ソヌリ」であり、それはまさにエプソンの真髄といえるだろう。

(原文は英語。取材/英文執筆:トニー・マクニコル)

※本稿の内容は執筆時点(2009年5月)の情報に基づくものです。

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